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「お姉さん、大丈夫?」

真っ黒い髪に、涼しい目元。緩く締まったネクタイ。大人びた顔付きだが、着ているのは学生服だと気付いて驚いた。ネイビーのブレザー。

「…大丈夫」
「大丈夫じゃないでしょ。破けてるよ、膝」

ドタキャン。もう帰宅ラッシュもとうに終わって、人通りは疎ら。1時間待ってようやく連絡がついたと思ったら今日は会えないと伝えてきた恋人は、もはや恋人じゃないのかもしれない。私が腕を離せばすうっとどこかに消えていくだろう。
苛立つ気持ちをどうにか抑え、つかつか歩いていたらバランスを崩し思いっきり転んだ。漫画でもドラマでも滅多にないくらいだ。そう言えば今朝、路面が滑りやすくなっているから気をつけろ、とニュースキャスターが言っていたような気もする。
バッグの中身は散乱。手帳や財布、口紅やらが冷たい路面に散らばる。肌色のストッキングは大きく破れていた。その時に声を掛けてきたのが彼。

「怪我は?」
「へいき、」
「立てます?」
「うん、」

高校生、ということは18歳くらいだろうか。自分よりもぐっと若い彼は、妙にしっかりしていて。散らばった荷物を拾い、私に渡す。

「ありがとう…っ、!」
「ちょっ!危ねっ!」
「ヒール…嘘」
「あー…派手に転びましたもんね」

立ち上がろうとして、左右のバランスがうまくとれず、またよろけた。違和感を覚えて足元を見ると、6センチのヒールは根元からポッキリ折れていた。こんなことは初めてだったので非常に驚いてしまう。

「なんでこんな日にヒール履くんですか」
「色々あるの、」
「…そうですね、まぁ個人の自由ですもんね」
「肩、借りていい?」
「いいっすよ」

彼は私の腕を取ると、自分の肩に回し、ぐいと引っ張る。この子、背、高い。思っているよりも腕が引かれ、付け根が痛む。

「ちょ、ごめん、腕痛い」
「えっ、あぁ、ごめん」

彼はすぐに言葉の意味を理解し、腰を曲げて高さを調節してくれる。

「ごめんね、我儘で。おっきいんだね」
「、手」
「え?」
「血ぃ出てる。ちょっと待って」

彼は私の鞄を持ち、近くのベンチに私を座らせると自身の大きなバッグをごそごそと漁り始めた。転んだ拍子に手をついて、擦りむいたのだろうか。

「ごめんね、ありがとう。あとは自分でタクシー拾って帰るから」
「ん、あ、あった」

私の言葉は殆ど届いていないようだ。ペンケースから絆創膏を取り出すと私の手をとって貼り付ける。

「家帰ったら消毒してね」
「…ありがとう、」
「本当大丈夫?」
「うん、大丈夫…っ、ちょっと待って」
「ん?」
「ワイシャツ、ごめん。血、ついちゃった…」

え?と彼。襟元に赤いシミができていた。はぁ、もう、何やってるんだか。高校生に助けられて、絆創膏貰って、シャツ汚して。

「あぁ、いいっすよ。血って落ちますよね?」
「時間経つと落ちないかも。クリーニング代請求して。名刺あげるから」
「いいって。学校指定の安いやつだし」

彼は一瞬名刺を見たが、すぐに拒否をして。でも思いついたかのようにそれにもう一度目を落とす。

「なまえさん?」
「…うん、」
「これ、貰っていいの?携帯だよね、これ」
「え、うん。携帯はわりといつでも取れるから連絡して、」
「黒尾鉄朗」
「…くろおくん?」
「また会いたいから、もらっていい?」
「えっ、いや、そうじゃなくて」

そう言った時にはもう遅くて、彼は私の手から名刺を奪う。

「これあげる」
「えっ、ちょっと、」
「またね、なまえさん。これ、次会った時返すね」

彼はポケットに入れていたであろう私の口紅をチラリと見せて去っていった。私の手には名刺の代わりに使い捨てのカイロ。あの口紅、たいして気に入ってないから別にいらないんだけどな。でも、まぁ、返してもらおうかな。冷たくなった指先をそれがじわじわ温めた。

2016/01/24