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飾り気のない女だった。つまらない、遊び心がない、ありふれた、ありきたりな、シンプルな女だ。そう思いながらグングン惹かれるのはなぜだろうか。木兎は少々疑問に思っていた。「なぁなぁ」と話しかけるたびに女はあからさまに困った顔で、口にこそ出さないが「迷惑なのでやめてください」って顔をする。それが面白かったのかもしれない。はじめて話しかけた時から、実際気になっていたのだ。今になってそう思う。今になって、だけど。

「これ?いる?」

机の中をガサゴソと漁る女は、確かみょうじなまえという名で、3日前に転入してきたばかり。暗くもなく、明るくもなく、話しかければ言葉を返すが、授業中に発言しなければならない時の声量は頼りなさそうで、聞き取るのが困難なほど。「もうちょっと大きい声出そうな」と地理の先生に言われていたような気もする。地理だったか現文だったか現社だったかは、全く定かでないしここではさして重要な論点ではないのだけれど。

「…木兎くんの、だよね」

あからさまに怖がられていた。木兎は学校内でもよく目立つ男で、男女関係なく友人が多かった。カラッとした性格と無邪気というか、 光彩を放つ…なんて言うと聞こえがいいが…単純で物事を直感的に捉えその場のノリと勢いで動くような男だ。「なんで」とか「どうして」とか、そんな理屈が通じない、そんな人だ。

「俺のだけど、どうせしないし」
「…なんで?」
「わかんないから」
「宿題だよ」
「そうだっけ?」

数学の教科書に挟み込まれたプリントは右端がぐしゃりとしていたが何も書き込まれておらず、綺麗なままだった。なまえは怪訝そうな顔をして木兎を観察する。突然すぎる問いかけに反応が遅れてしまうのも事実だった。

「…怒られるよ」
「このままだとみょうじさんも怒られるよ」
「それはそうだけど、」
「あと5分で授業始まるけど、解けるの?」

挑発するような台詞を吐く男のワイシャツのボタンは上から2つ…いや3つは外されているかもしれない。梅雨だと言うのになぜか天気が良く教室はむわりとしている。宿題のプリントやった?ちょっと見して、問4全然わかんねぇんだけど。そんな声で溢れた教室の中、なまえと木兎は単調な会話をしていた。なまえは木兎は言っていることこそよくわからないが、普通に対話ができることに驚いていたし、木兎は木兎で女の不愉快そうな表情を愉快に思っていた。こんな顔をするのか、と意外に思っていたのだ。

「…怒られるよ」
「怒られないよ、意外と。俺くらいになると」
「そうなの?」
「うん、まぁ見てて」
「…なに、その自信」
「あと4分だけど、大丈夫?」

騒音という言葉を擬人化した男だと思っていたのに。なまえはありがとうと、いつもよりもおおきな声で彼にお礼を伝え、するすると問題を解いた。ぐしゃっとした紙の上で滑らかに動く女の白く華奢な腕を、木兎は静かに、じいっと見つめるのだった。

2017/06/19