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「いわちゃん、帰ろ」

付き合って半年ほど経つが、肩を並べて下校するなんてまだ数える程だった。学年でも目立ち、小学生の頃から必ずクラスに1人はいる“スポーツは万能だけど勉強がさっぱりできない”タイプ。それが彼だ。

「おー、ちょっと待って」
「うん」

付き合いたての頃は教室にくるな、とか…その呼び方やめろ、とか。私のやることなすこと全てを否定し、照れたように顔を真っ赤にしていた彼。
いわちゃんは所謂“いじられ系”みたいなところもあったから、周りに冷やかされることも多くて、それが恥ずかしかったんだろうけど。最近やっと慣れてきたようで、割と普通に接してくれるようになった。第一、半年も経つと冷やかす人間はほとんどいないかった。

「携帯持った?」
「持った」
「宿題のテキストは?」
「…持った」
「忘れ物ない?」
「母ちゃんかよ」
「いつも忘れて嘆いてるから」

忘れてねぇよ、と面倒くさそうに言う。ようやく席から立ち上がると、かったるそうに歩いて行ってしまう。せっかく待っててやったのに、恩知らずめ。

「いわちゃん」
「ん?」

気温はみるみる下がり、雪景色。日中でも太陽はほとんど顔を出さない。マフラーをぐるぐるに巻いて、でもスカートは短くして。バカだなぁと思うけど、いわちゃんと帰る時はこうじゃなきゃ嫌だ、という勝手なこだわりなのだ。滅多にないことだし。
彼の名を呼んで腕にきゅうとしがみついてみる。駅に向かい歩き始め、学校から少し離れた。人気なんてない。

「てめ、見られたらどうすんだよ」
「誰もいないよ」
「わかんねーだろ」
「だめ?」
「…だめ」

こちらだって一応勇気を振り絞って行動しているのだから多少は受け止めて欲しいものだ。私はそっと彼の腕を離し、歩む速度をおとす。そんな私に気付いているのか否か、いわちゃんはザクザク雪道を突き進む。なんでこんなに女心を理解できない奴を好きになったんだろう。外気に晒された太ももは刺すように痛い。こんなことなら120デニールのタイツ履いてくるんだった。ばっかみたい。

「…なまえ、何してんだよ」
「いわちゃんって何でバカなの?」
「あ?」
「私のこと、まだ好きじゃない?」


好きになったのも、告白したのも私だった。
3年の春先、彼は運動部の男子(いわちゃんの類似品みたいなタイプ)とぎゃあぎゃあ体育館でドッジボールをしていたんだ。私は友人数人とステージ上でその様子を眺めながらどうでもいい話をしていた。
そこに1年か2年の女の子が体育教官室に行くためか、コートの外を歩いていて。偶然だけど、バスケ部の男子が投げたボールが彼女の顔に当たった。まぁボールは柔らかかったし、怪我もしていないみたいだったけど、女の子は突然のことに驚いてポロポロ泣いていた。それを見ていわちゃんの類似品はポカン、キョトン。
でも、いわちゃんは違って。ごめん、と大きめの声で言いながら彼女の方に駆け寄り、ごめん、大丈夫?と声を掛けた。バレー部のエースで、身長も高い彼は彼女の背丈に合わせるように身を屈めて、何度も何度も謝った。

「あいつらほんとバカだねー」
「あの子かわいそー。顔だよ、顔」
「ねぇ、あれ岩泉だよね?」
「えっ、あれって?」
「女の子に声掛けてる、」
「あー、うん、岩泉。バレー部だね。及川と幼馴染らしいよ」

ほとんど、一目惚れだった。岩泉、という存在は認識していた。確か1年の頃にクラスが一緒だったと思う。でも特に関わった覚えはない。
優しいんだなぁ、って。キュッと吊り上がった目元のせいか、もっと冷たくてぶっきらぼうなんだと思ってた。でも、きっと芯はあたたかくて親切なんだなぁって。
その日の放課後、部活に向かう彼をドキドキしながら呼び止めた。彼の名字を3度呼んだところでやっと振り返った。周りの人間なんて目に入らなかった。

「岩泉くん、」
「…俺?」
「うん、」
「…なに?」
「あの、みょうじなまえって言います。1年の頃にクラス一緒だったんだけど」
「岩ちゃんモテ期?」
「っ、ご、ごめんね、部活なのに呼び止めて」

いいよ、と彼。放課後、という解放感からかガヤガヤとうるさい廊下。先行ってんね、と及川徹。

「ごめんね、忙しいのに」
「いや、全然。及川?花巻?松川?」
「…え?」
「連絡先でしょ、あいつらの」
「え、っと、違くて」
「ちげぇの?」

じゃあなんだよ、とでも言いたげな彼。心臓はとうに大破していた。昨日まで何とも思っていなかったのに、恋というのは恐ろしい。目の前の彼が恐ろしく格好よく見えるのだから。もう自分が何を話しているのかあまりわからない。こんなに緊張したのは高校入試の合格発表以来だ。彼の方なんて見れなくて、俯いて言う。

「い、岩泉くんの」
「ん?」
「岩泉くんの、連絡先、教えて、ください」
「え?」
「だから、その、」

ハッキリ言わないと、と思い顔を上げるとバチン、と目があった。ぐいっと吊り上がった目尻。ただ、瞳はキョトンとしていた。訳がわからない、とでも言いたげだ。

「岩泉くんの連絡先教えて…!」
「…俺?」
「うん、岩泉くんの連絡先」
「いや、いいけど、俺?」
「うん」
「そんな回りくどいことしなくても、みょうじさんなら及川連絡先教えると思うよ」

このバカは、何度言葉を繰り返せば理解するのだろうか。焦れったくなって、もう一度言った。沢山空気を吸い込んで、言った。

「…岩泉くんのことが、気になるから!他の人は関係なくて、!岩泉くんと仲良くなりたいから連絡先教えて…!」

呼吸が乱れる。廊下は相変わらず騒ついていたが、騒つきの種類が変わったのは私にもわかった。いわちゃんは恥ずかしいようで耳まで赤くしていた。

「声でけぇよ…!」
「ご、ごめんね」
「携帯」
「えっ、」
「交換すんだろ、連絡先」
「いいの?」
「いいから、ほら!」

半ば投げやりな様子で連絡先を交換し、彼は背中を向けてしまう。咄嗟に、部活の道具が入っているであろう大きいバッグを掴んで彼を引き止める。

「っ、なんだよ、」
「呼び止めてごめんね、ありがとう」
「わかったって、」
「ごめんね、ありがとう。部活頑張ってね」

おぉ、と照れ臭そうに返事をして、彼は足早に去ってしまった。
廊下で私たちのやり取りを見ていたであろう男子達から冷やかされているようだ。申し訳ないことをした、と思いつつも嬉しくて嬉しくて、その場から動けなかった。

連絡だってほとんど私から。それでも彼から返信がくれば大袈裟に喜んだし、移動教室ですれ違う時に目が合えば過剰に頬を赤くした。及川徹のファンに紛れてバレー部の練習や試合を観に行ったりもした。

告白をしたのは、夏休みに入る前だ。岩泉くん岩泉くんと喧しい私に痺れを切らしたようで、友人が荒々しい声で言う。

「もうさっさと告白しなよ…!」
「えっ、でも、」
「学年全員、なまえが岩泉のこと好きだって知ってるから」
「学年全員はないでしょ」
「学年全員どころか3年の担任も知ってると思うけど」
「…私だって早く付き合いたいけど、岩泉くんこれから益々部活忙しいだろうし、私のことなんて全然好きじゃないだろうし…」
「…なまえ、片思い中こんなうざいんだね」
「うざいって言わないでもらえる?こちら真剣だから」

そんな簡単に告白できたら苦労しない。だって、振られたらどうするの。もう連絡も取れないし移動教室ではすれ違わないルートを選ばなくちゃいけない。これから大事な時なのにバレー部の練習も試合も観られない。

「でも、夏休みくるよ。会えないよ」
「そうだよ。しかも振られたってあと半年ちょっとすれば会わなくなるんだし」
「でも、」
「なまえの長所は即行動でしょ?ほら、連絡しなよ」
「いま?!」
「だって今日終業式だし」
「…振られたら慰めてね」
「はいはい、了解です〜」

放課後、ちょっと時間を作ってもらって、男子バレー部が練習している体育館前で言った。付き合ってくださいって。いわちゃんはあからさまに困った顔をして、言葉を濁らせていた。そんな彼を見ているのが辛くて、私は言葉を足す。

「まだ、好きじゃなくていいから」
「…え?」
「まだ私のこと好きじゃなくてもいいから。付き合ってみて、それで後々好きになってくれればそれでいいから。夏休み、ずっと会えないの嫌で…だから、」
「…わかった」
「え?」
「だから、その、わかったから、」
「…付き合ってくれるの?」

そう問うと、彼はこくりと頷いた。私はビックリしたのと嬉しいのとでボロボロ泣いていた。ギョッとした顔のいわちゃんは、首に掛けていたタオルを私に押し付ける。

「汗くせぇかも…」
「ありがとう、」
「え?」
「ありがとう、嬉しい」

いわいずみー、と彼を呼ぶ声。ボールが弾む音も一緒に聞こえる。

「ごめんね、時間作ってもらって。タオル、」
「いいよ、持ってて」
「…ありがとう」
「うん」

短く、それだけ言うと彼は体育館へ。私は1人その場にペタリと座り込む。あぁ、私、彼の彼女になれたんだって、嬉しくて仕方がなかった。でも。

半年経ってもいわちゃんは手も繋いでこない。私が無理やり指を絡めると拒絶反応を起こすし、ちょっと顔を近付けただけで叱られる。それでも下の名前で呼んでくれるようにはなったし、今日だってこうやって一緒に帰ってくれるけど。
確かに、言ったから。好きじゃなくてもいいって。だからいわちゃんはまだ、私のことなんて彼女だと思ってないんだろう。好きでもなんでもないんだろう。

「いわちゃん、断れないんでしょ?」
「なにが、」
「私が連絡先聞いた時も、好きだから付き合ってって言った時も、一緒に帰ろうって提案も」

いわちゃんの優しいところがすきだ。でも、こんな優しさが欲しいわけじゃない。お情けでなんか、付き合わなくていい。

「なんでそんなに優しいの」
「…被害妄想やめろや」
「被害妄想じゃないもん、事実だもん」

はぁ、といわちゃんは溜息をつく。真っ白い息。

「優しいのはなまえだろ」
「…なんで、バカじゃないの」
「俺のこと廊下で呼び止めた時も、体育館前に呼び出した時も、ずっと謝ってたし、ずっとお礼言ってたろ」
「…知らないよ、そんなの」
「お前必死で覚えてねぇかもしんねぇけど、呼び止めてごめん、忙しいのにごめんって何回も言ってたし、連絡先教えただけでありがとう、って言ったし…」

いわちゃんだって、耳まで赤くしていたのによく覚えているなぁと感心した。簡単な英単語だってロクに覚えられないのに。

「…俺は、なんも自分からできなかったから、悔しいの」
「…え?」
「確かに俺、告白すぐ返事しなかったけど…あれは部活ひと段落してから俺から言おうと思ってたんだよ。連絡先だってなまえが俺に聞くと思わねぇだろ。及川だと思うわクソ」

いわちゃんが珍しくごにょごにょ話す。解読不能。素直に問いかけた。

「…なんでそうなるの」
「とぼけんな。お前モテんだろうが」
「私はいわちゃんがすきだもん」

あぁ、もう、と苛立った様子の彼は、なんだか面白くて。

「お前そーゆーことサラッと言うなよ」
「いわちゃん何が言いたいの」
「…すきじゃねぇ訳ねぇだろってこと」
「じゃあ、手くらい繋いでよ」
「やっと冷やかされなくなったのに、見られたらまたなんか言われてなまえにまで迷惑かけるだろ、」
「別に迷惑じゃないよ」
「…迷惑じゃねぇの?」
「いわちゃん嫌でしょ、でも」
「嫌じゃねぇよ」
「じゃあいいじゃん」

いわちゃんは今までで一番、顔を、耳を、全身を赤くして私の手をキュッと握った。まだなにかブツブツ言っていたが、もうどうだってよかった。

2016/01/24