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「田中が最近冷たいんだよね」

昼休み、息苦しい教室から脱出して風通しの良い廊下でよくある恋バナだ。えーそうなの?なんで?なんかあったの?話題を提供した彼女は一気に質問を浴びせられもみくちゃにされる。私もそのノリにきちんと合わせた。気のせいだよ〜、そんなことないって!と思ってもいない言葉をプレゼントしてあげる。内心、そのままさっさと別れちまえって思っている私は多分、結構性格が悪い。自覚しているだけマシだと思うけど。

彼女が同じ学年の田中と付き合いだしたのはほんの3ヶ月前だったと思う。ううん、間違いない。一昨日彼女のSNSに「3ヶ月記念日」という言葉と多量のハートマークが羅列しており、あぁもうそんなに経ったっけ、とぼんやり思ったから。羨ましいというよりは、なんでお前みたいなそこそこに可愛くない女が田中の彼女なんだってそればかり疑問だった。田中って女見る目ないよな、かわいそう、早く私が付き合ってあげたいな。そう思って現在なんとか田中の彼女というポジションをキープしている女の話を聞いてやる。くそつまんねえ、さっさと別れろ、と思っているのが顔に出ないといいのだが。

「なんかあった、ってこともないんだけど」
「冷たいって思うの?」
「うん、3ヶ月の時もなんか」

もっと喜んでお祝いできると思ったのに部活部活ってさ。
そう彼女は溢して、まるで私は悲劇のヒロインですってアピールするかのように溜息をついた。気味が悪いと思うほどの、ゾッとする仕草。部活部活って必死な田中がかっこいいんじゃん。何にもわかってねえな、この女。

「田中ってもっと女にがっつくタイプかと思ってた。彼女いたことないんでしょ?」
「うん、私が初めてって言ってた」
「えー、じゃあガツガツくるでしょ?田中だし」
「全然、エッチどころかキスもまだだし、手だって繋いでこないよ」
「は?まじで?やばくない?それはやばいよ」
「ほんと奥手っていうか、なんか」

何にもわかってない。手を出せないんじゃなくて出さないんだよ。硬派でかっこいいじゃん。普通男子高校生なんて速攻ヤって速攻ポイだよ。それをしないでお前みたいな下の上みたいな女と付き合っている田中が不憫でならない。私なら絶対こんな文句言わないし、それになにより、田中のこともっと夢中にさせる自信あるよ。だからこの女の話に心の中でガッツポーズしたんだ。よっしゃ、私の出番だってそう思った。そんなに成績は良くないし、頭が回るほうじゃないけど、演技力には定評あるからナメないでよね。

「田中なんかあったの?」
「んー?」

授業と授業の間の10分休み。田中はバレーの雑誌をわりと真剣に、じっくりと読んでいた。最近うちのバレー部は結構ノっているらしくて、校内で小さく話題になっている。後輩できたんだね、って話しかけた時に田中は「そうなんだよ、すげえ手のかかる奴らばっかりでさ」って笑った。あぁきっと嬉しいんだろうなって、すぐにわかったし、そしてそんな田中を見て、私もキュンと嬉しくなった。かわいい男だなって、好きだなってじわじわ心の奥から実感する。

「なんかって?」
「なんか、元気ないなって」
「元気だけど」
「ふふ、私にはわかるんだよ〜」

ご自慢のグロスで潤わせた唇とビューラーでぱちっと上げたかわいいまつ毛。雑誌を見てばかりでこちらを見ない田中に悔しくなって、自ら彼の視界に飛び込んでいく。顔を覗き込めば驚いた様子で、そのリアクションにドキリ。また好きになる。

「…わかる、ってなにが」
「そういえば3ヶ月記念日だったんだよね、おめでとう」
「…おぉ、さんきゅ」

彼の問いかけには一切答えずに会話を続ける。微妙なリアクションにまたガッツポーズ。そりゃそうだよね、あの女だもん。めでたくもなんともないもんね。

「田中、彼女初めてなんでしょ?どう?」
「…んー、」

パタン、と雑誌を綴じてくれる。きたきた、もうちょっと攻めれば色々溢してくれそうだ。ねぇねぇって、彼の学ランの裾を引っ張ってかわいい声で質問をする。いやらしい?でしょ、いやらしいの私。知ってる。今更でしょ、そんなの。

「なに、そのリアクション」
「いや、なんかさ」
「なに?教えてよ」

くらり、田中が揺れるのがわかってまたガッツポーズをした。田中は気まずそうに、私にしか聞こえないくらいの声量で話す。実はさぁ、って困り顔だ。

「部活忙しくて、構ってやれねえんだよ」

うん、そうだよね。いま、田中の1番は部活だもんね。私ならそれに文句をつけたりしないし寧ろそんな田中を応援するよ。バレーしてる田中、かっこよくて大好きだもん。それであなたを責めたりいじけたりしないよ。だから私にしなよ。

「男バレ、頑張ってるもんね」
「おー、そうなんだよ。大会近いし」
「仕方ないじゃんね、それは」

私ならそのくらい我慢するけどなぁって、目を合わせて伝えれば彼の頬がほんのり赤くなった気がして万歳三唱。たまらないなぁ、もっとアピールしたくなっちゃう。やり過ぎかな、って思いつつも我慢できなくなって田中の耳元でコショコショ話す。最近気に入って使っている甘い香りのするシャンプーがふわりと香って、いい女っぽいなぁと自負する。

「うまくいってないの?」
「え、あ…いや、そういうわけじゃ」
「思ってたのと違う?」
「うーん、それはある、かもな」
「もっと楽しいと思ってた?」
「あはは、うーん、そうなのかな。わかんねえ」

俺も初めてだから、と照れ臭そうに言うが、それはあの女の顔を思い出しているからだろうか。焼けるように胸が熱くて、千切れてしまいそうで、呼吸がひゅうひゅうと苦しくなる。俺も、って言うけどあの子、田中が初めての彼氏じゃないし、もっと言えばもう処女でもないよ。ねぇ、それ知ってる?簡単なんだよ、私から伝えるのは。まだ教えてあげないけど。

「田中、彼女のこと好き?」
「なんだよそれ、急に」

んなもん決まってんだろって、なんでそうやって耳まで赤くして…ねぇ、なんでよ。最近冷たいんじゃないの?愛してないからじゃないの?もう聞きたくもないのに田中はどうも惚気たいようで、あの女に憎しみしか持ち合わせていない私に幸福そうな笑顔で話す。この柔らかな表情は私に向けられているんけじゃない。隣の隣の教室でまだ田中の文句を言っているであろう、あの子へ贈るものだ。こんなに優しい顔にさせるのは、私じゃなくて、あの女なんだ。

「あいつ、構ってくれなくて寂しいって言うんだけど」
「…うん、」
「俺だって会いたくて仕方ねえし、でも部活もあるし」
「うん、」
「その…こんなことみょうじに言うのもアレだけど」

あぁもういいから、わかったから。 何もわかっていない男は話しを親身に聞くふりをしていた性格の悪い私を恋愛相談相手だと思っている。さっきまでぶち壊してやろうと思っていたのに、好きな男にそんな顔でこんなこと言われたらもう、演技を続けるしかないじゃないか。ほとんど涙をこぼしそうなくらいに涙腺は刺激されていて、早く始業のチャイムが鳴らないかなって天に祈る他なかった。祈ったところで時計の長針が12をささないとね、どうにもならないから祈る意味なんてないんだけど。

「…3カ月経ったし、そろそろ手とか…繋いでもいいのかな」

勝手に繋げばいいじゃん、そう心で思って、脳は勝手に声帯を震わせ私に口を開かせる。好きな男の前でくらい、可愛い女でいようと働くのだろう。都合が良くできているもんだ、と感心した。

「うん、いいと思う。絶対喜ぶよ」

私、田中の彼女が羨ましくて仕方ないよ。そう呟いたのと予鈴が鳴ったのが同時。言葉を聞き取れなかった運のいい男は私のものにはならない。ん?と耳を近付けられるが、何でもないと綺麗に笑ってやった。こんな言葉を口走る気はなかったのに、私何してんだろ、カッコ悪い。ダサい。
興味がないにもほどがある6限。隣の席の彼があからさまに浮かれていたから、今日あの子は手を繋ぐんだろうなって想像してぽろんと涙を落とした。なんで私じゃないんだろう。あぁ、性格悪いからか。そう思って優しい彼の横側を見つめてまた勝手に苦しくなった。こんなに優しい男が、私みたいな女を好きになるはずないよな。なんでそんなことにも気付かないんだろう、バカだよなぁ、本当。

2017/05/06