想い描けない世界の中で


「はあ…どうしよう」


中学以来の友人に告白をされた。しかも卒業式の日に。しかもしかも朝に。
放課後の方がロマンチックなのになんて考えてる暇なんて無かった。
俺たちの間には似合わないくらいの甘い甘い言葉。甘味は好きだけど、胸焼けするかと思った。
それに嬉しいけどむず痒くて、同時に切なくなる。胸の奥の奥から浸食されていくような、そんな切なさがじわじわと。全てが染まりきったら、泣きだしてしまいそうだ。
だから、卒業式の間も俺は一人で屋上にいるのだ。フェンスに腕を乗せ、春らしい風を直に受けながら。
逃げてるのかも、しれないのだけれど。


「新羅に…なんて返そうかなあ」

嫌いじゃない。好きか嫌いかと言えば、好き。
でも恋愛感情の好きとも違う。友人として?
なーんか友人として好きって言うのも告白した側だとショックなんだろうなあ。
少なくとも、シズちゃんに言われたら泣いちゃうかもね。

ああもう投影、してしまう。
自分と新羅に、シズちゃんと俺が。
お互い叶わないなんて、辛いね。どうして俺は新羅じゃなくてシズちゃんが好きなんだろう。
じわり、俺の目元が急に熱くなる。
体育館からの音楽も止み、周りは静寂を纏う。未だ春とまでは言い難い気温は俺にとっては寂しくて、寒くて、

「………っ」

フェンスに置いている腕に、顔を伏せた。

痛い。辛い。寂しい。
幸せに、なりたい。
何も出来ないこの状況が悔しい。片想いて、なんて残酷な恋愛なんだろう。想う方も、想われる方も。
俺はシズちゃんへの片想いは胸の内に秘めたまま、きっと外へ打ち明けることはないんだろうけど。
それでも欲しいと思う、シズちゃんからの想い。
なんて、欲張り。
ほんと酷い、ね、自分て。

「シズちゃんだったら…俺になんて言って断るんだろう」

制服の裾で溢れ出した雫を拾い、ぽつりと呟いた声はかすれ気味だった。


「何独りごと言ってるんだよ?」

「……!?」

は、と大好きな人の声に心臓が跳ね上がる。
シズちゃん!?
いつの間に…?

「……んな驚かなくたっていいだろ」

少し離れたところで俺とは逆向きにフェンスに寄りかかり、後ろで肘を乗せていた。顔だけこちらを向いて、いつもは見ない少し微笑んだ表情に顔が熱くなる。

「そ、そうだけどさー」

確かにシズちゃんが真面目に卒業式に出るわけない…か。

「………悩んでる、のか?」

「シズちゃんに勘ぐられたくないですー」

「うっせーな。気になるんだっつの俺だって」

新羅からの告白は、2人きりの部屋で秘めたようにされたのではなく、朝俺が通学中にシズちゃんと話している時だったのだ。ムードも空気も考えないというか常識から逸脱している新羅の考えは面白かったけどね。

「……どう返事すると、思う?」

「……?」

「もし新羅と付き合うってことになったら…どう思うの?」

ちくりちくり、何かが俺の心臓に刺さるよう。
これ以上は、聞いてはいけない気が、して。

「……お前、新羅のこと好きなのか?」

「さてねえ、どうでしょう」

「…はっきりしやがれ」

「………なんでそこまでシズちゃんに言わなきゃいけないの」

「…………分かれよ」

「!!」

がしゃりと無機質な音を立てて、俺の両隣のフェンスにシズちゃんの手が置かれる。
シズちゃんとフェンスに挟まれている状態だ。生憎俺は、フェンスの方に顔を向けているからシズちゃんが今どういう表情をしているのか俺には分からない。
突然の接近に高鳴る心臓の音。つま先から旋毛まで鳴り響き、まともな呼吸の仕方も忘れたようだった。耳元から僅かに聞こえるシズちゃんの息遣いに、体が硬直する。
自分の身体の変化が怖くて、きゅっと瞼をきつく閉じる。


「…俺だって…臨也が好き、なんだよ…」

シズちゃんの声は、消えそうなくらい小さかった。

「……っ」

「…新羅のとこなんか、行くな…」

ああ、シズちゃんも、

「お願い…だから…っ」

今まで俺と同じ気持ちだったんだ。

俺の耳に直接入り込んでくる涙声に、心臓が切なく音を立てる。
何故だか俺も涙が止まらなくて、こちら側を向けそうにもない。
同時に脳裏に今朝の新羅が頭を過ぎる。俺は今、泣いているシズちゃんを抱きしめるなんてこと、到底出来そうになかった。


校歌の伴奏が体育館から響き出した。
もう直ぐで俺たちは卒業だ。