本日、池袋メランコリック


「臨也ぁ!手前性懲りもなく池袋に来やがって!帰れって何度も言ってるだろうが!」

「おやおや、見つかっちゃったぁー」

「かくれんぼじゃねぇんだぞ!おら死ねえ!!!」

「俺だってシズちゃんとかくれんぼは嫌だよっと…」


左から飛んできた真っ赤な自販機を避け、俺は走り出した。これじゃあかくれんぼでは無く鬼ごっこだな、と何故か冷静に考えながら。
今日も始まったシズちゃんとのゲリラかくれ鬼ごっこ。まあ俺がシズちゃん如きに捕まる日なんて一生来ないだろうけど。早く新宿に帰るべく、俺は駅の方角に向けて走りだす。途中で撒ければそれで良し、駅内にさっさと入ってしまえばそれでも良し。
しかしシズちゃんの掴んだ本日の被害無機物達は俺に向けて疾風の如く投げられる。走りながら後ろから来る物を、いちいち後方と前方を確認しながら避けなければいけないので骨が折れる。文字通り避けなくても骨が折れる。いや多分死ぬ。

「いぃざああやああああ!!!」

シズちゃんの雄叫びが聞こえたら合図、俺は直ぐに後ろを振り返った。案の定俺の10メートル後を走っていたシズちゃんはポストらしき物を持っていた。らしきじゃない、認めたくないがあれはポストだった。

「あーあ郵便屋さんかわいそー!」

後ろを向きながら走っていたので、俺は完全に前方に油断が生じていた。

「それいくらするのか知ってうぎゃっ!!」

シズちゃんがポストを投げた途端、前にいた何かにぶつかり、一緒に倒れ込んだ。

そんな俺たちの頭上すれすれにポストが宙を裂いた。尋常で無い音でコンクリートの地面が悲鳴を上げ、ポストは見るも無惨な姿に。くそ本気で当てるつもりだったのかこの喧嘩人形め。

そこまでぼんやりと考えて、俺ははっと気付いた。自分は誰かと打つかって、そのまま押し倒してしまってた事に。
どうしよう、怪我してたら洒落にならない。

「うわあ!あの、すみませ…、って新羅!?」

「…ん…」

俺が身体を起こすと、新羅がうつ伏せで倒れていた。両手にエコバックを掴んでいたことから、買い物帰りと見た。ヤバいこれ顔擦ったよなあ…。どうしようセルティに合わす顔が無い。新羅から身体を退けて、俺は数メートル先に落ちていた新羅の眼鏡を取った。
俺に追い着いてきたシズちゃんはもう怒りのボルテージは下ったのか、新羅に大丈夫か?なんて声をかけながらしゃがんでいる。あ、俺は心配してくれないんですね、分かっていましたけれども。

「いったたた…」

「ごめん新羅…まさか君が正面にいるなんて気付かなくて…、はい眼鏡落ちてたよ」

新羅はエコバックを離し、片方はアスファルトに、もう片方は顔に手を当て起き上がろうとする。すこしだけ心配になって、表情を伺おうと俺が首を傾げたその時だった。

「…っチ、これだからコイツらは……」

「!?」

あれ、今の新羅の口から出た言葉。気のせい、だよね。幻聴だよね。

「あ、し、新羅、眼鏡、これ…」

「うるっせぇ黙れボケ、人怪我させといて何様のつもりだ」

「!?」

あ、あれ、人違いかな?でも顔は新羅だよね。ちょっとキリっとしてるけど。いやいや世の中は全く広くて嫌になっちゃうね!そういう世界、嫌いじゃないよ!

「静雄、そこに座れ。正座な」

「……はあ?」

「いいからそこに座れっつってんだろうがこのくそ童貞!!」

「は…、はい…?」

なんで新羅がシズちゃんの性事情を知ってるんだよ。つか今全く童貞とか関係無いだろ!可哀想だよ!ほらシズちゃんぽかんとした表情で正座しちゃったじゃない!

「ったく貴様は制御という言葉を覚えるべきだ。筋肉リミッター解除型とか漫画みたいな設定だからって調子にのっていちいち池袋の物壊すのもいい加減にしろや馬鹿が。こちとら迷惑極まりねぇんだよ。住民も何も言わないけどよ、それは貴様の力に恐怖しているだけで口出し出来ないだけだ。だからと言って何しても良いわけねーだろうか独裁者気取りかあぁ?この自己中野郎!!」

「お、おっしゃる通りです…」

なんだろうコレ。

新羅(別人?)がシズちゃんに説教してる?

「臨也も座れ!!」

「はっ!?俺も!?」

「そもそも貴様が静雄を煽るのが悪かろうが!!」

喋り方時代劇みたいになってるよ新羅!

「池袋は貴様らの町だけじゃないって事よう頭に叩き込んでおけや。喧嘩すんなら誰もいないとこで2人でやれ」

新羅なんかいつもより酷い…。いつも酷い人だけど今日よりグサグサくる物はない。シズちゃんなんか涙目じゃないか。可哀想すぎる。ここまで怒られた事ないんだろうなあ。まあ怒られるっていうより悪口だけど。似非関西弁喋ってるけど。ていうかこの人本当に新羅なの?

「あと静雄!」

「はっはいい!!」

「そもそも貴様、臨也の事好きなら何故もっと大切に出来ないんだ。喧嘩なんかしてる暇じゃないだろう?」

「な…っ」

「はあ!?」

あーあ顔真っ赤にしちゃってシズちゃんってば…ってええええええええ嘘おおおお!!衝撃の告白だよ!いらないよそんなサプライズ!シズちゃん俺の事好きだったんだ!?

「高校ん時から見ててイライラすんだよ。行動に移すならさっさと移せ。なんで喧嘩はド派手な癖に恋愛面だと億劫になるんだか。これだから童貞は…」

「………」

何言ってるんだこの人!?可笑しい。この人説教だったり悪口だったり謎すぎる。
もうシズちゃんが可哀想でしょうがないよ。もう新羅さんやめて下さい。俺からも頼みますから。ってなんで新羅にこんな頭低くしなくちゃいけないんだろう。だんだんイライラしてきたよ俺。いや…眼鏡外してると別人に見えるけど、高校の時とか言ってるしどこからどう見たって池袋で白衣を纏って買い物に出かける童顔変態は新羅しか…ん?眼鏡?

「まさか…」


眼鏡を手に持ったままの俺は立ち上がった。

「臨也!まだ立っていいとは一言も!!」

「うるさい新羅!」

「おいっ!いざー…」

抵抗してくる新羅を押し倒して、眼鏡をかけてやった。

「……………」

「………新羅?」

暫しの沈黙。
新羅は眼鏡のレンズ越しに大きな瞳をぱちぱちと瞬きしながら俺たちを見据えた。
そして頬を薄く赤色に染める。別に全く可愛くもない。

「………!や、やだなんで臨也が僕を押し倒してるの!?ナニコレ!僕にはセルティがいるのに!離して!臨也!」

「痛い痛いよ新羅ぁ!!あとそんなつもりは決してない!神に誓う!無神論者だけど!」

髪をひっぱりながらキーキー騒ぐ俺の下の男は、俺らがいつも見てきた普通の新羅だ。ナニコレはこっちだよ。元に戻った…、て言っていいものなのか?
眼鏡を外すと何かスイッチが入るのだろうか?それとも今までの性格が眼鏡により制御されてたのか?それこそどこぞの漫画設定だよ。古いよ流行らないよそれ。

「…………???」

ほらー!シズちゃん馬鹿だから話の展開についていけてないよ!!未だ正座のままでぽかんとした表情だよ!

「あーごめん、シズちゃんがポスト投げてくるから俺、前見てなくって、それで新羅とぶつかっちゃったんだ。ごめんね?」

何もしてないのに何故か貞操の危機を訴えている新羅の掠れて赤くなっている額の傷をつついて、俺は内心ため息をついた。



「あーじゃあシズちゃん、俺帰るから」

新羅が帰った後、ほとぼりの冷めた俺たちもようやく立ち上がる。

「ま、臨也、待って」

「な、何?」

切れ長の色素の薄い瞳が俺をしっかり見つめる。

「あの、交換日記から、始めてください」

「!?」

可笑しいな、今日俺は幻覚ばっかり見てる気がするよ。