Hello...




俺は平和島静雄の携帯。



俺の持ち主、シズちゃんは背が高くて金色の髪をしていて、サングラスをしてバーテン服を着ている男の人。

シズちゃんが携帯ショップで俺を選んでから3年間、シズちゃんはずっとずうっと傍に俺を置いてくれた。寝てるときも、お出かけのときも、仕事のときも、たまにお風呂に入ってるときも。
だから、シズちゃんの事なら分からないことなんてないよ!

「……お、幽からメールきてる」

これは弟君からだよ。最近毎日メールしてるね。シズちゃんは本当に弟君が大好きなんだ。メールの文面をちょっと覗き見したことあるけど、一見怖そうな外見とは裏腹、凄く優しそうに見える。

「ああっと……セルティからか……はは、幸せそうだな」

あ、セルティって言う女の人の友達も大好きなんだよ!
セルティさんには彼氏がいて、しょっちゅうシズちゃんに相談してるところを見るよ。彼女は文字でシズちゃんと会話している。理由は分からないけど…彼女が羨ましい。俺は文字を使えるのにシズちゃんと直接会話することなんて出来ないから。

「あートムさんに電話しなきゃ…もしもしー」

シズちゃんは働いている上司さんも大好き。お仕事してるときは俺もつれてってくれるけど、たどたどしい敬語を頑張って使っていてとても可愛い。
上司さんはシズちゃんを恐れなんか全くしないし、とても良い人。良く色んなところに連れてってくれて、その度にシズちゃんは嬉しそうな表情をしていた。俺もあんな風に話してみたいなあなんて、何度も思ったことか。

たくさんの人に愛されてるシズちゃん。本当に毎日幸せそうに生きるシズちゃんが、俺は大好きになった。



でもね、最近俺可笑しいの。

「もしもーし?あれ、トムさ………き……!…れ?」

大好きなシズちゃんの声が聞き取りにくいの。

「っかしーな…再起するか…」

シズちゃんのやりたい事に素直に動く事が出来ないの。

大好きなのに。大好きなのに。シズちゃんのためならなんでもしてあげたいのに。なんでなんでなんで。

「…やっぱり雨ん中はまずったか…」


異変に気付いたのは一週間前。
気象サイトでは晴れと書いてあったのに、シズちゃんがお仕事から帰る時にいつの間にやらどしゃぶりの雨。
最悪、と紡ぐシズちゃんの右手は俺の左手(つまりは携帯なんだけど)をぎゅうっとにぎりしめて、雨の中へ飛び込んだ。

若干の違和感を感じたんだよ。心臓の奥が、雨のように冷たくなったような気がして、ちょっと怖くて。
シズちゃんにぎゅうっと抱きついても、シズちゃんには俺のこの姿が見えてるわけがないから、さみしかった。

その頃からだと思う。
聞き取り辛くなったのは。うまく動けなくなったのは。


「…そろそろ…機種変する時なのかな…」

真剣な表情でシズちゃんは俺を見つめた。

え……?

俺、捨てられちゃうの?


「…明日携帯ショップ行くか…」

はあとため息をついたシズちゃんに、戸惑いを隠せなかった。
いつかそんな日がくるだろうとは思ってたよ、だって携帯なんて最近の若い子はおなじ機種を3年も使えたらすごい方だもの。
でも、でもさ、

嫌だよ まだ離れたくないんだよ。

今日は誰にどんな内容のメールを送るのかのぞき見したりとか
シズちゃんが俺をとおして写してくれたけしきたちを整頓したりシズちゃんと一緒にながめたりするのとか
時間ぴったりにシズちゃんを起こすのを待ってたりすることとか
音楽を買ってきたり うたったりするの、

だいすきだったのに

勝手に電源落としたりとか、メールそうしんできなくしたりとか、そんなワガママもうしないからさ

お願い、おねがい、みすてないで しずちゃん


いやだよ 俺もっとがんばるからさ まだ、がんばれるもん まだうごけるもん

もっといっしょに いたかったのに


「…………少し、寂しいな」



きづいたら、けいたいしょっぷのなかに きていた

しずちゃんは いろんなけいたいをみながら うーんと うなっている けわしい かお ちょっと さみしそう ?


そんなこと ないよね
あたらしい けーたい かえるんだよ ? うれしいよね? しんぴんだよ ぴかぴかなんだよ
きずだらけのおれなんか もういらないんだ

なんだよ うごけよおれ

「………らっ…ませ」

「あ、……れ………で…けど」

「………らの…………が」

ううん ? よくみえないや

ああついにまえも みえなくなっちゃったんだ

つめたい からだがつめたい やだ こわい ほんとに もうだめなんだ


「……………!」

あ いま
しずちゃんが わらった きがする

あたらしいの きまった?
よかったね

かなしいけど こわいけど しずちゃんがそれでいいなら
おれはもう まんぞくだよ

これくらい たえられるきがする
きっと さみしくなんかない

ばいばいしずちゃん

だいすきだよ















































「へえー…外側だけ同じ機種で交換出来るんですかー…」

「3年前のデザインですが在庫がまだ残っていまして…」

「これこんなに綺麗だったのか…ずいぶん使い込んでたんだな…。でも新しいのよりやっぱり使い慣れてる方がいいしな」

「……只今データ転送完了しました。ではこちらの携帯お返ししますね。電源付けてみて下さい」





真っ暗で何も見えなかった視界に、眩しい光が差し込んだ。
目蓋を閉じてても分かる。重かった身体が軽くなってることを。ぼんやりとしか考えられなかった脳内が、はっきりと意識を持つことが出来るということを。
大好きな人の声が聞こえる。なんだか嬉しそうに笑っていた。
ふわりと身体が宙に浮いた。


ねえ、俺まだ傍にいていいの?

俺をまだ、必要としてくれるの?


好きだって思っててもいいの?

ゆっくりと目を開けると、目の前にいたのは、俺の大好きなー…







「…これからも宜しくな」





Hello...







>こんにちは大好きなシズちゃん!
>今日は誰にメールする?
>なんの写真撮る?
>あ、そろそろ初期設定の着信音変えようよ!
>ほら、この間カラオケで歌ってた演歌、
>俺あれが歌いたいな!