dreaming a dream


長く男性的な指が俺の髪に触れ、優しく撫で下ろされる。他人より細く癖の無い髪質のおかげか、何度も何度も撫でられた。後頭部から伝わる優しい温もりに、背中から脳にかけて甘く痺れるくらいに心地が良かった。羞恥に頬を火照らせた俺は、ゆっくりと視線を下ろし、目の前に広がる胸元へと飛び付いた。香水を付けているわけではないのに、鼻を掠める俺好みの優しい香りに頬が緩む。心臓の高鳴りが異常に続いているせいか、脳がふわふわしたような感覚に陥る。有り得る筈はないんだけど、まるで全身が溶けていってしまうような。寧ろ本当に溶けているのかもしれない。目頭から流れるものは、俺の体内で溶け出した何かなのかもしれない。背中に回している腕を強め、皺が出来るくらいにシャツを手繰り、顔を肩口にぐりぐりと押しつける。すると彼は小さく笑って手の動きを止め、俺の頭をぽんぽんと軽く叩く。
臨也、
耳の奥が震え上がるような、だけど小さくて穏やかに俺の名前を呼ぶ声。頭に置いていた彼の手は耳に触れ頬をなぞる。指が輪郭に触れただけで熱い息が漏れるのは最早病気の類なのだろうか。僅かに間を置き、もう一度名前を呼ばれる。多分こちらを向いて欲しいんだと思う。心臓の音が邪魔をして上手く体を動かせず、時間をかけて視線を合わせようと顎を挙げる。見上げれば、太陽のような金色の髪から覗く薄い茶色の瞳と整った鼻と柔らかく微笑んでいる唇が視界に写る筈なのに、溶け出した瞳には何もかもがぼやけているから、こんなに近くにいるのに綺麗に見ることが出来なくて悔しい。やがて触れ合った唇に心臓の鼓動は更に速度を速めた。互いに身体を密着させたまま、湿った唇が引き寄せるように何度も何度も重ねるから、体を支える力が徐々に奪われていく。それでも持てるだけの力を使って踵を上げたのは、もっともっと口付けていたいから。だからか変に筋肉が強張って倒れ込まないよう必死にしがみついていると、今度は俺を支えてくれるように彼が腕を腰へ回してくれる。彼は力が強いから細身の俺を片手で支えるくらい簡単なことだった。何秒か何分かも分からないくらい経ったように思う。舌先が触れ合う頃には俺はもう息が上手く出来なっていた。目から涙が止まらなくて、苦しくて苦しくて苦しくて、だけど、

幸せだった。






「……ーっ!!!」



突然ぷつりと目の前の光景は途絶え、良く分からない衝撃を受けたような感覚に襲われる。
不明瞭な視界に変わりはないが、先程とは打って変わって目の前は真っ暗。驚くほどに澄みきった思考で、先刻のあれは夢だということに気付いた。リアルだと思わせる彼の手の平の温もりも優しさも、結局は自分の妄想から生まれた残骸でしか無いということ。ただ寝ている時にも流していたらしい涙だけは本物で、熱を持ちこめかみを伝わって枕へと染み込ませていた。このベッドの上には勿論自分しか寝ていなくて、夢で出てきた彼は実在はするがそんな事をする間柄では無い。ただただ俺の願望であり妄想が本当にあったことのように夢に現れてしまった。それだけの事。なのに虚しさがどっと押し寄せ、その涙は止まらず余計に量を増し、思わず手の甲で瞼を抑えた。初夏なのに冷えた空気に肌が粟立ち、真夜中なのに寂しさが込み上げ大声で泣き出してしまった。

夢の中の俺は、幸せ、だった。







「なんか手前…目赤くねぇ?」

「俺の目は生まれた時から赤みがかってるけど今気付いたの?」

「そっちじゃなくて!白目の方だよ。充血してるっぽい」

「え?ああ…本当だ」

運の悪いことに今日は月曜日だったので、夜中眠れずだるさに満ちた体で仕方なく登校した。休もうとしたけれど、家にいることでまた夢を思い出してしまうのが辛い。それならば学校へ行って何かをして気を紛らわせるのが一番だった。問題は彼に会った時に平常心を保てていられるか、だが。

「昨日の夜、眠れなくてね」

思い出したくないと脳内で唱えれば唱えるほど、やけにリアルだった妄想上の君を思い浮かべてしまって、心臓がねじ曲げられるくらいに苦しくなる。君が好きすぎて苦しくなる。休み時間が始まり3分くらいしか経っていない筈なのに、こうして声を上げるのも既に精一杯なんだ、どうせなら早く俺から離れて行ってほしい。なるべく興味を逸らしてもらえるように素っ気なく話していたつもりだが、俺の意に反し君はそうかと一息吐いて再び口を開いた。

「…………珍しいことでもあるんだな」

「………はぁ?」

「目元も腫れてるような気がするし。多分泣いてたろ」

「…!」

「あ?図星か?あの臨也くんが夜中に泣くほど怖い夢でも見たってことか」

「別に君じゃあるまいし怖い夢如きで誰が泣くか」

「んなっ……てっめ…慰めてやろーとしたのに可愛くねぇ奴だよな…」

「わ、」

ふわりと初めてではない感覚が頭全体を覆う。驚いた俺に直ぐに君が手を引っ込めた様子から、推測せずとも数秒だけ頭を撫でてくれていたと分かる。途端に首から旋毛に向かって急に上昇する体温に内心慌ててしまう。夢よりも時間は短かった筈なのに、夢よりもとろけてしまいそうになった。心臓の高鳴りだって夢で感じていたものよりも遥かに早く、大きい音がした。

「うるさいな、シズちゃんに同情されるほど弱くなんかないし」

そう言って背を向けると、後ろで小さく笑ったような声が聞こえた。けど俺は夢のことを思い出して無性に泣きたくなっていた。