連載 | ナノ




10


※自傷注意







ぽたりぽたり

流れ出るそれ涙の落ちる音か、それとも。








目が覚めたら、シズちゃんがいなかった。
家のどこを探してもいなかった。
どうやら熱が出ている俺をベッドに運んでくれた後、どこかに行ってしまったようだ。俺が動けないことを見込んで買い物だろうか。
いつもは寝起き一番に来る温かさが足りなくて、傍に置いてあるクッションを抱きしめる。じんわりと伝わってくる温かさは、人肌に似ているようなそうでないような。
寂しがってはいけない。
そう思っているのに、俺の脳内はシズちゃんを渇望する。この頭は撫でられてもらうために、この手は握ってもらうために、この体は抱きしめてもらうために。まるで自分の身体全てが始めからシズちゃんのために作られたんじゃないかと思うほど、俺自身は空っぽで何か出来るわけでもなかった。
昔は、色んなことに対してもっとたくさん動いてた気がするけど。そんなこと、今はもうどうでも良いや。
諦めなんかではない、俺はこれで、

満足なのだから…?





「…喉かわいた…」


熱で少しだけ頭がぼんやりとして体中の力が入らないが、なんとかベッドから降りる。数時間誰も動いてなかったこの部屋の空気はひんやりとしていて、布団の温もりが直ぐに恋しくなった。水を飲んだらまたここに戻ってこようと思っていた時、激しい音が窓を叩く。雨が降ってきたようだ。

「…!!」

突然、自分だけがこの大雨の中に囲まれている錯覚に陥る。壁では防ぎきれない雨の音は四方から聞こえ、自分の耳に雑音として入ってくる。うるさくて、こわい。心臓が激しく音を立て、熱が出ているせいもありバランスを崩してとっさに壁に手をついた。そのままもう片手で耳を塞いでも完全に音を遮断できるわけもなく。
雨の音は嫌いだ。逃げ出したくて、助けが欲しくて、抱きしめられたくなるから。

「ひぃ…っ!」

雷が近場に落ちたらしく、轟音が響く。
振り向いて玄関の方を見ても、シズちゃんはいつまで経っても帰ってこない。
もしかして、もう二度と帰ってこないんじゃないのだろうか。そんな不安が頭を過ぎる。そうだ、俺に飽きられてしまったら。面倒だと思われてしまったら。俺は捨てられてしまったら。
そんなことはないと思えば思うほど、強くなる雨と雷の音。それらを拒絶するかの如く流れる涙と震える身体。息も吸えないくらい苦しくて、上手く声が出ない。

「ふ、シズちゃ…シズちゃん…!!」

はやく、早く、シズちゃん。
そう思っても玄関の扉が動く気配は微塵もせず、心臓が抉られた気分に陥る。気持ち悪くなって、慌てて台所までかけて胃からせり上がってくるものを吐き出す。

「…っうあ…、うっ」

力が出ない。立っているのも苦しくなって、そのままずるずると体を縮こませ目を閉じて、全身で全てを遮断しようとする。
もうだめだ。早く楽になりたい。苦しい、苦しいよ。
手が当たったのか都合良くかしゃんと音を立てて目の前に落ちてきた銀色の光に手を伸ばす。今の状況より物理的な痛みの方が全然苦しくない。これを使えば、一瞬で。
震える右手で、左手首に力を込めた。

ほんと、弱いよね。









「ーっ!!いざや!!!」


ぽたりぽたり、
流れ落ちる音は瞳から零れる涙と、手首から溢れる何かと、
君への、