7 臨也が、笑った。 今まで見せなかったわけでは無いが、こんなに綺麗に笑ったのは久しぶりだった。 心からの笑顔とでも言おうか、見てる俺の方もつられて笑ってしまうような。 そんな笑顔を初めてみたのは、今から2年前の時だったか。 「いいざあああやああああ!いい加減にっしろおおお!!」 「おっ、と…!ダメダメシズちゃん!そんな大きな攻撃じゃかわせちゃうよー」 「だああっうぜえうぜえうぜえ!」 俺と臨也が来神高校に通っていた頃の。こうして付き合い始めたのは高3くらいだから、それよりもう少し前の話だ。 臨也は俺にやたらちょっかいというか…嫌がらせを仕掛けてきた。チョークの粉がたっぷり付いた黒板消しを投げられる小学生じみたものから、他校の不良に俺を襲わせるのまで嫌がらせのレベルは様々だ。 昔の俺はいちいちキレたりして臨也に仕返しをしていたわけだ。 けれども、ある日、臨也のソレには俺への好意を含んでいることに気付いた。まあ気付くと言うよりは、俺への好意が言動や行動に明確に現れているのだ、と友人が教えてくれただけなのだが。 好きな子ほど苛めたくなるとかどんな小学生なんだか。でも俺こそ臨也のことは嫌いで仕方なかったというのに、徐々に奴の存在に惹かれ始めていったのも事実。嫌悪を抱く程の愛情表現を受けながらも、奴から目が離せなくなっていった。そう言うと、友人は俺のことを被虐趣味の気でもあるんじゃないかと疑いをかけられたわけだが、そんなことはない…多分。 「臨也?…おい、臨也!!」 「…!!ダメ、来ちゃ…!」 「何が…」 「来ないで!!」 秋ぐらいの頃だったか。 その日はもの凄い大雨が降っていて、雷も僅かに聞こえていた気がする。 そんな日なのに他校の番長だか言う奴に体育館裏に呼び出されて行ったところ、そこには臨也の姿だけしかなかった。勿論今回も臨也の嫌がらせだと言うことは分かっていた。分かっていたから、わざわざ乗っかってやった。下らない喧嘩をしなきゃいけないのは気がひけてたのだが…。 「誰になんて、まあ検討はつくな…」 「っなんで来るの!」 「……!」 部活中の生徒の声が隣の体育館から響いてくる。この体育館裏は草木が茂っていて人通りも少ないから部員にバレることもないと思うが、身を屈んで臨也に近づく。 臨也は、下半身に何も纏わずに肩を震わせて泣いていたのだ。 屋根の下で力の抜けたような様子で地面にへたり込んで、学ランの下に着ていた赤色のシャツの裾を引っ張り下半身を隠してはいるが、太ももへ流れる液体は赤と白が入り混じっていて、隠れきれていない。何があったなんて馬鹿でも分かる。 「やだ…やだ…」 人に触られることに恐怖を覚えてしまったのか、俺が臨也に向かって手を伸ばすと、更に顔を青くさせ後退ろうとする。明らかな拒絶反応に憤りが隠せなかった。 臨也にじゃなくて、こいつを無理やり犯した奴に。 「……臨也、大丈夫だ、」 「は…っう、」 気付いたら臨也のことを抱きしめていた。細くて震えている臨也の身体は消えてしまいそうな程儚く感じられた。 臨也をこんなにするなんて許せない許さない。幼稚な嫉妬心だけがぐるぐると渦巻き、俺は何をやっているのかと思いっきりつつ臨也のがたがた震えている身体をもっと強く抱きしめる。 「……大丈夫…直ぐに忘れる」 「…うぅ、忘れるわけがな…っ」 「じゃあ…あいつにされた事は全部俺がやったってことにしようか」 「…?」 腕を緩め、臨也と向かい合わせとなる。潤んだ瞳が俺を伺うように覗き込んでいる。 「臨也を体育館裏に呼んだのも、無理やりしたのも、俺だ。全部、俺が手前に酷いことをした」 「…シズちゃんが…?」 「…手前のこと、好きだから、…ごめんな」 「………ううん」 こんなことしか出来ねーけど、その方が気は楽なんじゃねーか。俺も、臨也も。 内心俺も動揺していることがバレなければ良いが。 「………ありがと」 「……!」 安心したような心からの笑顔。初めて、もしかしたら見たかもしれない。 皮肉なものだ。この状況にならなければ、俺と臨也は付き合い始めることも、こんな笑顔を見られることはなかったんだろう。 ざあざあと降りつづく雨音は、決して心地良いものではなかったのだが。 |