9 シズちゃんと俺の部屋は3階に位置しており、ベランダからの海の景色は最高に良い。俺と新羅はベランダの手すりに腕を乗せ、一定のリズムで聞こえるさざ波と爽やかな潮風を浴びていた。はいそこ俺たちに似合わないとか言わないの。 「ベランダから見える一望千里な海はここのホテルのプライベートビーチだそうだよ」 「そうなんだあ…広いねぇ。ところでシズちゃんはどこにいるの?」 「さあ…臨也が来る前にさっき出て行ったんだけど……臨也駄目じゃない何したの?」 「いや特に…ってなんでみんなシズちゃんに何か起きると俺が原因だって考えるのさ!」 「それにしても夜なのに海良く見えるよね!本当に真っ青だ。風光明媚、って奴だね。よし写真撮ろうって臨也いつの間に静雄の写真こんなに撮ったの!?」 「ああカメラ借りたよ。あとで印刷宜しくね…って、あれ、シズちゃん?」 「あ、本当だ。噂をすればなんとやらだ」 ベランダから眺めている砂浜に、シズちゃんが一人立っていた。街灯に照らされる金髪は間違いなく俺の愛する平和島静雄だ。広い背中に飛び降りて抱きつきたくなったがよく考えなくともここは3階。シズちゃんならともかく、俺は飛び降りれば普通に死ぬ高さだ。死ななくても確実に重傷レベルだ。 「…なんで、一人で海なんか…」 新羅がシャッターをきった。デジカメの画面に小さくシズちゃんが写る。 「さあ、ね」 真っ暗で見えない筈の水平線を見つめているシズちゃんに、とても嫌な予感がした。 「………あ」 小走りでシズちゃんの元へ向かう女の子が見えた。 シズちゃんが振り返る。 女の子が膝に手を当てて息を整える。 シズちゃんが手の平を前に出して「大丈夫だから」と言う。 女の子が地面から視線をシズちゃんへと向ける。 数秒の間。 シズちゃんが困ったように頭を掻く。 女の子は静止している。 「…臨也、大丈夫?」 「…んなワケ…あるか…」 手すりに乗せた腕に顔を埋めた。もうこれ以上見たくない。 何迷ってんだよ馬鹿静雄。 なんで、俺の時みたいに早く断らないんだよ。俺の時みたいに近付くんじゃねえって払い退けろよばあかばーかばあああかばかば…か…!! 「……俺、臨也が泣いてるの初めて見たな」 「…新羅死ねっ」 「あーはいはい…あ、静雄ー!!」 「!?」 「えー!?臨也ぁー!?ここにいるよー!!」 「ちょ、新羅!?」 顔を上げると、シズちゃんがこちらを見ていた。新羅がぶんぶんと手をふっている。 あれ、女の子はいつの間に帰ったの? 「臨也」 疑問符を浮かべてる俺の肩を新羅は叩いて、ニヤリと笑った。 なに、この笑顔。キモ。 「行ってらっしゃい」 そう言って、新羅は俺の足首を自らの足で払う。バランスが取れなくて転ける!と思い手すりを掴んだと思ったら、 俺の体は手すりを乗り越えた。 「!!!???」 新羅に落とされた。 「わああああああ!!!?」 「いざ…っ」 シズちゃんぶつかるううう!! 目を瞑って、風を感じながら俺は死を覚悟した。走馬灯が見えるよ。シズちゃんばっかりだよ。はは俺はシズちゃんラブだよ。大好きだよ。愛してるよ。君が俺を好きでなくとも、俺は幸せだったよ。でも出来ることならシズちゃんに、殺されたかった…。 すると、次に感じたのは激痛ではなく、人の温もりだった。 「っいってぇ…新羅なにしやがんだよ…」 「…シズ…ちゃん…!?」 シズちゃんが俺を受け止めて、そのまま砂浜に倒れ込んだのだ。真っ白な砂がシズちゃんの髪に絡まる。 「…臨也…間に合っ…ッチ…無事かよ…」 「あはは、なにそ、れ、笑えな、」 なんで俺、シズちゃんに助けられてんの。ダサいな自分…。 でも、冷め切っていた心が再び燃えるように熱くなった。 素直に嬉しい、と普段のように口にできたら。 「……勘違いすんじゃねぇぞ」 「は、」 あれ俺いつの間に涙腺ぶっ壊れたんだっけ。いつの間に思考回路ぶっ壊れたんだっけ。シズちゃんを前に上手く喋れない。 こんな俺を見られたく無くって、シズちゃんの胸に顔を押し付けた。吹き飛ばされるかと思ったが、シズちゃんは 「俺は手前が世界で一番、大嫌いなんだからな…」 誰よりも優しく抱きしめてくれた。 ----------- 普通ホテルのベランダからは絶対落ちれないと思うが…そこは…まあ← |