bun | ナノ




初まりの始まり



3月1日。来神高校卒業式。
卒業証書授与ですら長いというのに、祝辞、送辞、答辞、聞いてる側からしたら長ったらしくて飽きてくる程の話の後、体育館に響き渡る吹奏楽の伴奏の元に式歌と校歌が歌われ、厳粛に卒業式は幕を閉じる。
出席番号順的に左隣に座ってる新羅は何故か号泣していて、退場した後の廊下で俺の肩に泣きついていた。俺たちと出席番号の近いドタチンも傍にいて、困ったように笑みを浮かべた。まあこの状況は困るぐらいしか反応出来ないないが。

「お前が一番学校に未練無さそうに見えるんだがなぁ」

「ひっく、だってぇ、なんか、悲しくて…!!」

「新羅あんまりくっつかないでよーうるさあい」

「ふえええ!」

「だからうるさい!」

新羅にぎゅうぎゅうと俺の首が締まるくらいに抱きつかれ、その奇妙な状態のまま廊下を歩いて教室へと向かった。
あまり泣き喚くと前や後ろのクラスメイトたちも泣くに泣けないんじゃないだろうか。


教室に着き暫くしてから俺たちよりも出席番号が遅いシズちゃんも戻ってくる。
戻って早々、新羅の様子に口元をひきつらせていたが。

「あーようやくついたっ…て新羅なんで泣いてんだよ…」

「静雄ぉお!」

「うお!?」

「ダメ!新羅!シズちゃんに抱きついていいのは俺だけ!離れろよ!」

新羅の分際でえええ!と叫びながらシズちゃんから引き離そうとするが、如何せん新羅も力が強くて離れてくれそうにない。ていうかどうして俺からシズちゃんに移ったし。
シズちゃんも無理に離そうとはせず、顔を胸に埋めている新羅の頭を優しそうに撫でていた。
ちょっとどういうことなの。

「ああもう!気にいらない!!」

「…まあ今日ぐらい良いじゃねぇか」

「ふああああしずおおお」

「……あ、れ」

新羅を引き離そうと力を緩めた途端、驚いたように見開いたシズちゃんの目から、ぶわっと涙がこぼれていた。

「しっシズちゃん!?」

「静雄っ大丈夫か?」

俺もドタチンもシズちゃんの突然の涙に慌て始める。ドタチンなんか新羅の時とは打って変わってポケットからハンカチを出したした程だ。なんというイケメン。ちくしょー俺ティッシュしか持ってきてないよ。

「や、なんか勝手に出て…」

うわーうわーかわいい。
ほっぺも目元も真っ赤にしてぽろぽろと涙を流すシズちゃんは、普段見ない分とても可愛らしい見える。

「静雄も貰い泣きなんてするんだな」

ドタチンが困ったように笑いながらシズちゃんにハンカチを手渡す。彼からはさり気なく出来る男のオーラが漂っていた。くそ、俺だってやりたかった。

「はは、いやマジで意味わかんねえんだって…!」

右手には号泣する新羅の頭を抱え、左手にはハンカチを持って、にっこりと笑ったシズちゃんが無理してるような気がした。
そうだよね。俺たちはこうして同じ空間で過ごすことなんて無いんだからね。悲しいよね。

「泣きやんでよシズちゃん。俺まで悲しくなっちゃう」

「うっせえ…よ…」

恥ずかしそうに俺から顔を逸らす。ああもう耳まで真っ赤になってる。可愛らしいけど、ちょっとだけ心臓が苦しくなった。

「まあ泣かせておけば良いんじゃねーの」

「あードタチンそういうこと言うんだー」

「どういう意味だよ…それに、今日は泣いてくれた方が可愛げがあるだろ」

「シズちゃんはいつでも可愛いですぅ」

「まあ静雄もだが…な」

ぐずぐずとシズちゃんの肩口に顔を押し付け鼻を啜る新羅を見ながら言ったドタチンの瞳も、なんだか潤んでいるような気がした。

「もうなんなのさ!みんなしてぐずぐず!葬式ですか!」

「あのなあー」

いつまで経っても泣き止みそうになかったから、俺は両手を叩いて注目させる。シズちゃんの「お前の方が年中葬式ぐらい泣いてるだろ」という突っ込みは聞こえない。
ずんずんとシズちゃんに近寄り、引っ付いている新羅の襟首を掴んで引き離す。そして新羅で見えていなかったシズちゃんの制服の第2ボタンを、

「えいっ」

「!?」

引きちぎった。

「臨也ぁ…何しやがって…」

「新羅、」

「ふえ…?」

「ドタチン、」

「俺のもかよ!?」

2人のボタンも毟り取り、右手の中にはじゃらりと音を立てて転がる3つの第2ボタン。

「うし」

「何やり遂げましたみたいな顔してん」

「っあああああ臨也僕の第2ボタン取ったね!?セルティにあげようと思ったのに!僕の大事な青春を返せえええ!!」

さっきまで眉を下げて泣いていた新羅は今度はもの凄い喧騒で飛びかかってきた。

「ぎゃあああ助けてシズちゃん!ドタチン!」

「………はあ」

「よし新羅いけえええ」

「嘘おおおシズちゃんの裏切り!!」

「返せえ!返せえよおおお!」

「新羅今日キャラ可笑しっぎゃあああああ」

新羅ともみ合っている最中のシズちゃんは既に泣き止んでいて、楽しそうに笑っていた。良かったって思ったら今度は俺の涙腺が危なかったけど、頑張って耐えた。







「じゃあ僕はこっちだから」

「俺も新羅と同じ方向だからこっちな」

「うん、バイバイ」

「門田も新羅もまたな」

俺の涙腺崩壊は、下校時だった。
校門で3人が話してる中、俺は振り返って校舎見た。もう二度とここに来て4人で話したりすることは出来ないんだね。今までそれが日常で、なんだかんだと言いつつ毎日が楽しくて飽きなくて。でも今日で終わり。もう来ることは無い日常は俺の思い出として残るだけだ。4人で遊ぶことは出来ても、制服を着てたわいもない話をして盛り上がることは出来ないんだ。

シズちゃんとも、もうずっと一緒にいれるわけじゃ…ないんだ…。

「じゃあね臨也に静雄。春休みあたりにうちにおいでよ。そうだな、あと桜が咲いたらお花見とかしようか」

「2人してそんな子犬みたいな表情してんじゃねーよ。永遠の別れじゃあるまいし。…またな」


ドタチンが俺の頭を撫でた。優しくて大きな手のひらは温かくて、鼻の奥がつんとした。ああやばい泣く。


「…ば……ばいばいっ」

「はは…じゃな」

「…………」

「………」

「……っ」

「臨也?」

「しずちゃっ」

「っ…あーはいはい良く耐えました」

ドタチンと新羅がこちらに背を向けて数秒後、俺はシズちゃんにしがみついた。ぽんぽんとあやすように背中を撫でられ、降ってくる優しい声音に余計に俺の涙腺は刺激される。

「…寂しいな」

「ふっ…ううー離れたくなあ…ひっく、っやだっうああんっ」

「思う存分泣け泣け」

「うあっううっしずちゃんとっずっといっしょが、いい、のに…っひっく、ふっ」

「……うん」

「もっと勉強とかぁ…お昼ごはん食べたりとかあ…した、かった、のにっ」

「…そうだな…」

肩を抱き寄せられ、シズちゃんはそのまま歩き出した。ぐずぐず鼻を鳴らしながらシズちゃんに抱きついて歩く姿は、大層可笑しく他の人の目に写っていただろう。情けないけれど、他人の目なんかお構いなしに泣きじゃくる。それでもシズちゃんは足を進めながら優しく頭を撫でてくれて、そして気付いたら家の前に来ていたらしく、ぴたりと足が止まった。
シズちゃん、俺の家までわざわざ連れてきてくれたのかな。やだ、まだこうしていたい…。

「ついたぞ」

「んー!」

「ほら離れろ」

「いや!」

「じゃねーと入れねーだろうが!ほら段差気をつけろ」

「……?」

違和感を感じてきつく閉じていた瞼を開ける。太陽の光が瞳を刺激して痛かったけど、それどころではない。

「あれ、ここ、」

「……俺ん家だけど」

「や、それは分かってる…」

「とにかく入れ。まだ昼だから親も弟もいねーから心配すんな」

肩を抱かれたまま玄関までの段差を登る。
ん?あれ、なんか俺、シズちゃんにお持ち帰りされちゃってるパターンなの?俺なにかされちゃうの?
高校の卒業式と共にシズちゃんのDTも卒ぎょ、

「バカ!変な事考えんなっつの!」

「なっ何故分かったし!!」

「表情。……手前が離れたくないとか喚くから、一緒に長くいれるとこっつったら家ぐらいしかねーかなって…それだけだ」

「…!」

手を引かれ家の中へと導かれる。卒業式が終わった後でも何も変わりのない見慣れたシズちゃんち。お邪魔しますと呟いてから玄関で靴を脱ぎ、階段を上って直ぐ右の部屋まで足を進める。静かな室内だけど、心地よく安心できた。

「あ…ごめん。顔、洗ってもいい?」

「どーぞ。ついでにそのひっでえツラ記念に見て来い」

「ひっど!シズちゃんだって学校で泣いてた癖に!」

けらけらと笑うシズちゃんに背を向け洗面所へ向かう。確かに鏡に写った自分は酷かったけど、笑うことはないんじゃない?

「ただいま」

「おかえり。紅茶煎れといた」

「準備が早いね。まさか最初から俺をお持ち帰りする気だったね?」

「お前は俺がそんなに手際の悪い奴に見えてたか?つーかお持ち帰り言うのやめろ」

「ふふ、どんなシズちゃんでも俺は好きだけどね。いただきます」

「……っ」

シンプルであまり物の置いてない部屋の中に一つ目立ったローテーブル。その上に、用意してくれたのだろうミルクティーが俺とシズちゃんの分でふたつ。飲むの勿体無いなあと思いつつ一口頂いた。ちらりと向かいを見るとシズちゃんは自分用のマグカップを両手で持って見詰めて、頬を赤く染めていた。なんだか小動物みたいで可愛い。
一瞬だけ卒業したことを思わず忘れてしまうくらいには可愛い。

「まぁ…帰りたくなったら、いつでも帰っていいから…な」

結局中身を飲まずにマグカップをテーブルに置き、バツが悪そうに頭を掻く。なんだろうこの優しげなシズちゃん…。いやいつも優しいけど。なんとなく今日は違う気が。

「…そんなこと言うと、俺永遠にここに居続けるよ?それでも良いの?」

「…なら、俺はこの家出てくわ」

「…!…やっぱ…迷惑…だよね」

調子に乗りすぎちゃったみたいだ。肩を落とすと、そんな俺の様子にシズちゃんが笑ったような気がした。

「ちげーよ、着いてこいって事だよ、分かれバーカ」

…着いてこい?
俺がシズちゃんの後を?

「えっ何それ?プロポーズ?プロポーズなの!?」

「はっ…!?ぷっプロ…!?」

二人一緒に住んでも良いてこと?これからもずっと一緒にいても良いってこと?同棲とか同棲とか同棲とかしても良いってこと?

「シズちゃん!!」

「なっなんだよ……つか机を踏むな」

シズちゃんのデレは本当分かりづらいよ。

でも、嬉しい。
そんなところも言い表せないくらい大好き。
初めて見た時からずっと、一度だって嫌いになったことなんかないの。いつだって君を見て想い続けてきたんだよ。
ドタチンも…一応新羅も好きだけど、ちょっとした事で爆発するような気持ちにさせるのは世界中で君だけだ。笑ってるところも怒ってるところも世界で一番、一番、だいすき。
だから、だから、


「愛してる!!結婚しよう!!!」


「!?」


シズちゃんは驚くように目を見開いた後、気恥ずかしそうに微笑んで俺を抱きしめる。ローテーブルからシズちゃんの胸に引き寄せられ、背中は優しく腕を回された。そして囁くように俺に耳打ちをする。

「…ふふっ」

「んだよ…」

なんだか可笑しくなって笑ってしまったけど、幸せだった。








俺なんかでよければ、どーぞ