bun | ナノ




ホイップラブパワー



「前々からここ行きたかったんだよねー」

「……ここにか」

「うん、だって1400円でケーキ食べ放題だよ?」

店の前で俺らを横切る同じ学校の女子。
ガラス窓に施されたカラフルな装飾は、本当にお菓子のようで、いかにも女が好みそうなデザインだった。
別に俺はこいつとならどこに行こうがあまり気にはしないんだが、
さすがにここはちょっと…。
男2人でケーキバイキングはちょっと…。


「大丈夫、俺たちだけじゃないから」

「は?」

臨也にひっぱられ店内を入ると、既に席をついている門田と新羅を発見した。居心地なんて気にしていないのかいつものように話してる2人に、いつものように臨也が駆け寄る。しかしここはケーキバイキングであって、周りは女子中高生しかいない。そんな中に男子高校生4人。くそ目立ってしょうがない。しかも、臨也や新羅ぐらいの身長で小柄だったらまだ似合うが…俺と門田は、いや、これ以上は言わないでおこう。とにかく俺はここにいるのが凄く恥ずかしいんだが。あれ、これ俺が間違ってるのかな。

「お、ようやく来てくれたよ。門田と2人で待ってると周りの女の子たちにあらぬ噂を立てられそうで」

「お前そんな事考えて…まあ確かにこんなとこに男2人って十分怪しいんだけどな」

俺の感覚は間違っていないようだ。間違っているのは、俺の隣でヘラヘラと笑っているこいつだ。くそ、ここじゃなかったら殴りかかってるところだ。

「じゃあ今度はシズちゃんと2人きりで来ようかな」

死ね。


「ていうかなんで新羅とドタチンが向かい合わせに座ってるの。俺とシズちゃんが隣同士に座れないじゃない」

「隣同士で待ってるのも違和感あるだろうが!」

そう言いながらもナチュラルに新羅の隣に座る門田に呆れた溜め息しかでてこなかった。
俺、こいつとそんな関係じゃねーんだけど。俺、こいつ嫌いなんだけど。
嬉しそうに門田の前に臨也が座り、ひっぱられるように俺が新羅の前に座った。この席順ってもう定位置なのかな。




「…全部食うのかそれ」

「うん?そうだよ?どうかしたドタチン」

「うっそお…臨也いつも少食じゃないか…。昼御飯の時とか…」

「甘いものはベツバラってヤツさ…。ところでシズちゃん」

「あ?」

「君も何か持ってきなよ。なんで食べないの?勿体ないよ1400円」

「…俺は別にいい」

臨也はよく分からないごてごてしたケーキをたくさん持ってきた。これだけありゃあ1400円なんてあっという間に元を取れるだろう。新羅も門田も臨也よりは少ないが、取れるだけ取ってきた感じだ。
俺はというと、ファンシーな店内に圧倒されて、すっかり食欲が失せてしまった。ケーキだけで腹を満たせないことも分かっているが、その、なんつーか、苦手なんだよこういうの。
女共がちらちらこっち見てくるしよー。

「お前甘いもの苦手なんだっけか?驚いたな」

そう言ってショートケーキを頬張る門田が驚いたな、だよ。お前明らかに甘いもの苦手そうなキャラじゃねえか。渋めのものを好んで食べそうじゃねえか。
そう言うと、別になんでも食うけど、と返され俺は肩を落とした。目の前ね新羅がイチゴを口の中で転がしながら俺に問う。

「何、静雄は甘いもの嫌いなの?初耳だよ」

「ええ、プリン好きだから好きだと思ってた!」

いや嫌いじゃないけど。むしろ好きだけど。誰もいなかったら飛び付くほど好きだけど。
この店内の空気が嫌なんだってば、と3人の前で言える筈もなく。てかなんで普通に手前ら女子に紛れてケーキをバイキングできるんだよ。仮にも男だろ。

「あ、分かったあ」

むしゃむしゃとケーキを次から次へと運ぶ臨也が、俺を見てにやりと笑う。

「シズちゃんこーゆーとこ来たことないから恥ずかしいんでしょ?自分がこんな女の子のようにケーキをチョイスすることが許せないんでしょ?全くかーわいいなぁー」

「う…っ」

言い換えせないだと…。

「なんだそんな理由か」

「静雄は妙に男前だから仕方ないねえ」

「は…はぁ」

「じゃあそんなシズちゃんに俺から恵んであげよう」

「?」

臨也は自分が食べるよりデカく、ケーキをフォークで突き刺した。

「ほぉら、口開けてー、あーん」

「なぁ!ってまたかよ!」

「修学旅行の時のリベンジきたね」

瞬時に俺の顔が熱くなった。臨也が俺に向けて一口サイズに刺したケーキを向けてるだけなのに、意味わかんねえ!

「ていうかこっちの方が恥ずかしいだろ…」

「えーそんなことないよドタチン、試しに俺にやってみてよ」

「これをか?」

「ってめ…」

門田が臨也の口元に一口サイズのケーキを運ぶ。俺の突っ込みを余所に臨也がぱくりとそれを食べた。

…なんか、気に入らねえ…。
理由なんぞ分からねえが、苛つく。こいつぶん殴りてえ。

「ん、ほら。恥ずかしくないよ」

「お前が良くても静雄はダメなんだろ」

「ていうか、ほら、臨也は何もかも特異だからね。恥ずかしいとかきっと知らないんだろうね」

「はは、褒めてもあーんはさせてあげないよー」

「いやいらないから!むしろいらないから!」

ていうか臨也の口元に生クリームついてるんだがそこは誰も突っ込まないのか。

「臨也、クリームついてる」


「はっ…へっ?うそぉ、ドタチンとってー」

「自分で取れるだろ」

カチン
俺の中で何かがキレた。

なぜか無性に苛ついて、頭で物が考えられなくなっていた。
耳に入るのは雑音でしかなく、脳内で意識できるのは視覚だけ。
苛つきすぎて、俺はとち狂ったらしく、臨也の顎を掴んで此方を向かせ、口元についている生クリームを、自ら舐めとった。

「っ」

「…!?」

臨也は今までの余裕さはどこに行ったのか顔を真っ赤にして、新羅と門田は目を丸くして俺の事を見ている。
そんな視線に気づいた時は既に俺の頭の血は下りたが、また別の意味で上がってきた。

「わ、わり…」

「ううん…」

気迫のないぽやんとした笑みの臨也を見てるのが気恥ずかしくなって視線を逸らすと、店内の女子共がこちらを見てることに気づいた。
あ、あれ、俺って今、何をしたんだっけな…。

「…静雄が門田に嫉妬したのは確か」

「マジか。俺のせいなのか」

周りの空気が変わる中、2人だけはいつもの調子だったのは何故だ。

「やばいどうしよう、今の一瞬過ぎてわかんなかった!シズちゃん、もう一回」

「っだあれが!やるかああああああああああ!!!!!!」

数秒経つと臨也は元に戻って、俺もよく分からんが元に戻った。






「おい、また平和島静雄ってやつが問題行動を起こしたらしいぞ」
「へえ…あの人が…」
「場所はケーキバイキングらしい。半壊だとよ」
「は?ケーキ?」