「師匠、最近タバコ吸ってないですね」

 喉がギクリと中で音を立てたが、弟子は師匠の動揺を察せなかったようだった。綺麗に洗われた灰皿は台所の奥に押し込まれているし、オイルの減らないライターは錆び付いているかもしれない。
 そういえばいつから吸っていないのだろうか、と顔色を変えずに考える。スーツのポケットに煙草が入っていない感触にも随分と慣れているものだから、自分の意外なまでの意思の強さと一途さに頭を掻きむしりたくなった。

「知らねーのかモブ、今は喫煙者が肩身のせま〜〜い世の中だってのを……この前また値上がりしやがったからな」
「ああ、そういえばそんなこと言ってたような」

 成る程、尤もらしい理由だ。
 ニュースなど見る性質ではないだろうし、同じく喫煙者である父親のぼやきでも聞いたのだろう。今この日本で煙草を吸う奴は例に漏れず本数を減らすかもしくは禁煙か、そんなむごい選択肢に迫られているのだ。
 とはいえ、それを他人事のように聞いていられる理由がある。
 すっかり煙草の香りが遠のいたブルーグレーのスーツには、代わりに似合わない花の香りが染み付いている。それがほんの少し惜しいからなどと、口が裂けても言えはしないけれど。

「僕はてっきり、稚奈さんが嫌がったからやめたのかなあと思ってました」
「ブフォあ!!!ゲホッ!!」

 熱い茶が喉に入った反動で、湯呑を勢いよく倒してしまった。
 当たらずも遠からずといった推理の行方は、咳き込んだ師匠の緑茶を煎れなおす仕事へとすり替わって消える。超能力者とは変に鋭いところがあるのか、それとも自分がそんなに分かりやすかったのだろうか。
 どちらにせよ情けないことには変わりない、と霊幻は人知れず大きく溜め息をついたが、如何せんその妙に浮ついた表情とは一致していないのだった。



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