せっかくDVDを借りてきたのに、とため息をついた。
 霊能事務所「霊とか相談所」には定休日というものが存在しないが、霊幻さんの都合や気分で休みになったりもするらしい。先日大型の仕事が入ってまとまった収入があったので、今日は休みにするからと、誘ってくれたのは彼の方だったのに。

「アラ稚奈ちゃん怖い顔」
「も〜〜〜〜っ!霊幻さんお酒臭い!」
「大人にはたまの息抜きってもんが必要不可欠なんだよ、こんな感じで」
「だからって私が来るまでに出来上がっちゃわないでください」
「怒んなって〜、うりうり」

 子供をあやしているつもりなのか、霊幻さんは私が不機嫌になるとよく頬をつついてきた。子供扱いされること自体嫌いではないけれど、今日はそれも歓迎できない。
 事務所で一番奥には、ベッドを置いたらあとはローテーブル一つでスペースが埋まってしまう、狭くて簡素な主人の私室がある。小さなクローゼットにはスーツが数着あるばかりで、ファッションには興味がないのが一目でうかがい知れた。
 殺風景な部屋に「座るところがない」と文句を言って一緒に買いに行ったクッションに顔を埋めて、これまた子供っぽくふて寝してみせる。ポーズじみているだろうか。どうせお互い様だ。

「稚奈〜?おーい、お姉さんってば〜〜こっち向いてちょーだい」

 ビールの空き缶が並ぶローテーブルを越えて、赤ら顔に機嫌良さそうな表情を乗せた霊幻さんが私を呼ぶ。しかし不満を隠す努力もせず、振り返ったりもしなかった。
 だって、恋人……にあたる人と、一緒に恋愛映画を観るのは、私のささやかな夢だったのだ。選びに選んだ幸せな時間とのギャップに、拗ねてしまったって仕方がないじゃないか。

「霊幻さんなんて知りません」
「……ちーちゃんが冷たい……」
「!?」

 思わず盛大にむせた。
 バッと上半身を起こして振り返れば、いかにも悲しんでますよとばかりにわざとらしく両手で顔を覆って、指の隙間からこちらを窺っている。平常では飄々としたやや眠たげな瞳は、アルコールの熱に浮かされて、見事に子犬のような様相を呈すことに成功していた。
 ちーちゃんって。
 いい大人が自分をそんな風に呼んだことに、笑いよりも先にキュンと胸が締め付けられる感覚を味わってしまった。霊幻さんは動きを止めた私に調子良く笑って、起こしかけた体の上にかけ布団のように圧し掛かってくる。重い。

「あー稚奈ちゃん今日もイイ匂いだねーークセんなるな、これ」
「霊幻さんはすんごいオヤジ臭いですよその台詞……!重いからどいてくださいっ」
「つれねえことばっか言うなよ、ちーちゃん」
「もっ……もーー!もーーーっ!」

 なんてずるい男なんだ!
 お酒で火照った頬とは裏腹に、うなじに触れた鼻先はひんやりしていて、頭からつま先まで一気に体温が上がったのが分かった。普段はスキンシップを好まないくせに、香りを嗅ごうと鼻先を擦り付けるしぐさが妙に甘えたで、私がどれだけ心乱されているかなんてきっと知りもしないのだろう。
 騒ぐ胸から逃げるようにもがいても、上から抑え込まれてホールドされてしまっていては難しそうだった。
 味をしめたように何度も名前を呼んでくる酔っ払いに、防戦一方では情けない。笑う彼のほっぺたを指でつねって、精一杯毅然とした声で反撃をした。

「いい加減にしないと怒りますよ、新隆さんっ」
「………!」

 シン、と一瞬沈黙が下りる。
 覆いかぶさられているせいで影になった視界で、いつのまにか目の前いっぱいに霊幻さんの顔があって心臓が跳ねる。血色のよくなった頬は一体何が原因なのか、私には計り知れない。ただすぐ嬉しそうに笑みの形になった口元を見て、一気に羞恥が襲い手を離した。
 カウンターどころか自爆だ、と頭を抱えたくなる。近づいた距離はそれすらも許さない。

「なァ、もう一回」
「いやです」
「もう一回言えって」
「嫌ですっ」
「一回だけ!」
「い、や、で、すっ!」

 一瞬でも可愛いと思ってしまった自分に後悔しながら、もう真面目に酔っ払いの相手なんてしない、と心に誓う。その代わり、どうしたら素面の彼にここまで甘えてもらえるだろうかと、そればかり考えている自分がいて可笑しかった。
 だって嬉しかったんだもの。
 結局その攻防は霊幻さんが寝入るまで続いたのだけれど、へそを曲げていない秘密は胸にしまっておこう。



アル中よ永遠に







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