そして、時は移り、土曜日の夕方。乾貞治は困惑していた。まさかここまで決まらないとは。
あらかじめプレゼントとは何たるかを学び直せとこってり講義されたうえで、3時間かけて人ごみの多い池袋を練り歩き、いよいよ疲れたのだろう。朽原にカフェで休憩させてくれと懇願され、紅茶を前に一息ついたところだった。

「まさかここまで決まらないとは」
「……正直、ここまでセンスがないと思わなかった」

朽原は少々大げさにため息を吐く。今や乾は何も言い返せなくなっていた。自分が挙げたプレゼント候補はどれも「佐波が喜ぶ確率86%以上」であると確信していたからである。朽原曰く、「それで喜ぶ佐波さんなら、彼女、君がそこら辺の石拾ってプレゼントにしたところで尻尾ふって喜ぶわよ」とのことだ。その酷評に、確かに佐波なら喜びかねないと、そのときようやく気付いたのだった。

「クリスマスプレゼントとは…何を贈ったらいいんだ?」

 乾が拵えてきた候補はすべて白紙。佐波が贈られて喜ばしいものというのも、言われてみれば思いつかない。彼女は普段から何かを率先して欲しがるタイプではないし、今まで乾が贈ってきたそれとない贈り物もすべて喜んで受け取ってくれた。「君、相当甘やかされてるね…」と朽原が若干引いた顔でいるのも、何となくそうなのかもしれないという気すらしてきた。

「朽原、俺は気づいたんだが」
「何に」
「俺は異性にきちんとした贈り物をしたことがないようだ」
「せやろな」

乾が生粋のデータマンだろうと、それはコート上での話だ。いや、それだけじゃないかもしれないけど、少なくとも。乾から佐波に対して取得しているデータはすべてあてにならないといっても全く過言ではない。手塚風に言うと、「理屈じゃない」。「既にデータを超えている」というわけだ。少なくとも、いくら女性へのプレゼントを雑誌で見て「世間一般の女子」を研究したところで、それらが全て佐波には当てはまるわけがない。
ここまで見てきたラインナップはどれもこれも「女の子ってこういうの好きだよね」と言わんばかりのファンシー&キュートなものばかりだ。ディズニーキャラクターのファンシーな小物(朽原曰く「イケてないにもほどがある」)、冬仕様のもこもこした動物のぬいぐるみ(曰く「かさばるうえに佐波さんこういうの好きじゃなさそう」)、キノコ模様のスリッパ(曰く「なぜスリッパ」)、ハリネズミ柄のブランケット(曰く「私は欲しいけど!でもそれは私がハリネズミ好きだからであって!佐波さんは別に好きじゃないでしょハリネズミ!」)。
……そうこうしているうちに、いよいよ日が傾く時間となってしまった。
 背もたれによっかかって紅茶をすすりながら、若干ぐったりした様子の朽原が口を開く。
「やっぱり、アクセサリーじゃないの?ネックレスとか」
「……いや、実用性のあるものを選びたい」
「じゃあ、時計とか。佐波さんが腕時計してるとこ、見たことないし」
「悪くない」
「えらく上からだなオイ…」

まあ、それだけこだわり持ってるならいいけどさ。肩をすくめる朽原に、お前も大概偉そうだけどな。という言葉は飲み込んでおいた。

「朽原、参考までに聞いておきたいんだが」
「なんだね乾くん」
「お前は普段、桃城に何かを贈るとき、何を基準に選ぶ?」

 朽原はさも当然、というような顔で答える。

「桃が好きなもので、かつ、それを身につけてる桃がイケてるって思うようなものだよ。私の好みも、もちろんあるけどね。だいたい直感で、ああ、これ、桃っぽいなって思ったら、それが正解だと思ってる」
「そうか…」

参考にしよう。乾が頷くのを見て、朽原もまたうむ、と相槌を返しながら、紅茶の残りを飲み干した。
そして第2ラウンド、ここに試合開始のゴングが鳴った。アクセサリーショップを中心に、二週目。今度は時計を中心に、ああでもない、こうでもない、の品評会が開始された。
「これなんか佐波さんっぽいんじゃない?」
「いや、確かに一見よさそうに見えるが、ここの装飾がなければな……」
「さいですか。じゃあこっちは…」
「革のベルトより、メタルバンドのほうが似合うと思う」
「それだと値段がかわいくなくなるよ乾くん、私たちにはまだ早いって…」

そうこうしているうちに、フラれた腕時計たちはもうこれで13件目だ。やはり腕時計では無理なのだろうか、と思い始めた先で、ふと、腕時計の棚の上に並べられたそれらが目に付いた。

「これは…いいんじゃないだろうか」
「ブレスレット?」
「静電気防止機能付きだ。実用性にも優れている!」
「何『これだ!』みたいな顔してんの…」

乾は「これが俺の探していたものだ」と言わんばかりに、これを贈ることに決めた、という顔をしている。そこまでそんな顔をするのなら、まあ、致し方ないのかもしれないけれど。

「この中だったら……これはどうだろうか?」
「待て待て待て待て。この商品ならここ以外でも売ってるから!今急いでここで買う必要もないでしょうに」

確かに、モノとしては悪くないかもしれない。だがしかしこの製品、デザインも豊富なのだ。しかも今ここに置いてあるラインナップは、どう見たって、プレゼントにするには地味すぎる。そう渋る朽原に、乾は不承不承といった様子で商品を棚に戻したのだった。

「それなら、こっちの方がいっぱい種類あるでしょ」

そうして朽原につれてこられたのは、天下のPLAZAである。そういえばこちらであれば、輸入雑貨・菓子ともに、プレゼントとするのに不遜ないラインナップばかりである。先ほどまでのアクセサリーショップに比べたら、乾でも入りやすいこの店構え。

「最初からここに来ればよかったのでは?」
「それは私もちょっと思ったけど!ありきたりすぎかなって思ったの!友達や家族のプレゼント選びとかに、多用しまくるから…恋人に、ってくくりになると、ちょっとね」
「まあ、俺から佐波だ。いいんじゃないか」

 呵呵と笑う乾に、朽原はぐっと眉間にしわを寄せる。

「……それ、3年後に同じことしたらぶっ殺すからね」
「殺されるほどのことなのか…物騒だな…あ、あれじゃないか」

3本セットで台紙に巻かれ、陳列されたブレスレットたち。どれもこれも小ぶりでシンプルで、いかんせん種類が多い。

「で?どれにするの?」
「そうだな……」

 ざっと見たところ、佐波が気に入りそうなものばかり並んでいる。これまでのデータから言えば、どれも佐波がつけていても違和感は無い。
(となると、あとは俺の主観か)
 佐波につけていて欲しいもの。佐波らしいもの。

「……それにするの?」
「ああ、これが、佐波に少し似ているような気がした」

 少しはにかみながら、差し出されたそれを確認して、朽原も肩をすくめる。白い紐に白い猫のモチーフ、シルバーのラメ、それから、水色に小さなストーンの、シンプルな3本のブレスレット。「似ている」だなんて、可愛らしい惚気をされてしまったら、つける文句もない。

「ま、及第点ってところか…でもそれだけだと、ちょっと寂しくない?かなりシンプルだし……」
「そうか?ではこのポーチとセットでどうだろうか」
「『I am a cat.』て!適当にもほどがあるでしょうが!なんでも揃えりゃいいってもんじゃないし!それに佐波さん、べつに猫が好きってわけじゃないでしょう!」
「そうか?じゃあこっちは……」
「猫から離れればいいってもんじゃない!!どうしてこう適当になっちゃうかなあ!」

 全然学んでないじゃない…目を覆いたくなる惨状とはまさにこのことなんじゃなかろうか。(佐波さん、これは教育に時間がかかりますよ。私の力だけじゃ、今回だけじゃ難しいですよ…。)という心の中で泣き言を吐きながら、乾に繋がれたリードを引っ張る気分で棚を見回す。

「仕方ない……実用性のあって、かつ、シンプルで、プレゼントらしいもの…こういうのはどう?佐波さん、最近髪切ったでしょ」
「そうだな、悪くない」
「じゃあ、この中から、1番佐波さんらしいものを選んでくれる?」
「……これにしよう」

 そして選ばれたのが、ブルーとイエローのストーンのあしらわれた、シルバーのヘアピンだった。さりげないけれど、地味すぎず。佐波らしい、といえばそうなのだろう。

「どうよ、佐波さん、喜びそう?」
「佐波のあの性格だ…自分ではなかなか、こういったヘアピンは買わない。だがあの髪の長さだと、前髪が邪魔になることも多いだろう。よく見つけたな、朽原」
「だからなんでそんな上からなの」

 会計を終えて少し誇らしそうな表情。手に乗せたポップなピンク色の手提げ袋は、やっぱり少し乾にはちぐはぐなように見えた。

「ああ、助かった。ありがとう」
「いいえ……そうだ、今度は私に付き合ってよ。桃のクリスマスプレゼント、私だって買わなきゃいけないし」
「それについては、既にデータでまとめてある。これが桃城の期待しているクリスマスプレゼントリストだ」
「なんですって……うわ、すごい、なにこれ!ゆ、有能…!」
「これで貸借りなしだな」

 フッと得意げに笑ってみせる乾。どうしてこう、それが恋人に対して働かないもんかねえ。と、半ば呆れたような顔でリストを眺める朽原をよそに、乾はそっと肩をすくめた。街にはイルミネーションが灯っている。あと二週間後のクリスマス、彼女の喜ぶ顔を見るのは、今から少し楽しみだった。




by 朽碌


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