越知月光は幼い頃から、自分が人に威圧感を与えることを知っていた。もちろん他人を怖がらせたいわけではなかったし、寂しいと感じることもある。かといって愛想を振りまくのも苦手で、人付き合いには昔から苦労したほうだ。
 学校でも部活でも、人間関係は常についてまわる。恵まれた体型を活かしてテニスに打ち込んだことで、かけがえのない仲間をやっと手に入れることができた。

 そういった意味では、知京仁香は月光にとって稀有な存在といえるだろう。
 彼女はお互いにまっさらな状態で、彼のことを好きだといった。はじめは驚いてしまったが、好意を寄せられるのは嬉しかった。しかし卑屈になっているわけではないが、自分は人を安らげることには無縁といっていい。一目ぼれに最も適さない相手だろう。
 彼女はいったいなぜ自分に惚れたのか?顔や身長?空気?どれも月光自身の功績ではない。理屈じゃないと彼女は言うかもしれない。無条件に受け入れられることは、ひたすらにやさしい喜びだった。知京仁香にとって越知月光がそうであるように、彼女はいるだけで月光を喜ばせる。

 出会ってから長い間、仁香は月光を好きでいつづけた。月光も仁香を手放そうとはしなかった。長い回り道をしながら、二人はゆるやかに歩み寄って、やっと恋人同士になった。


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「彼女にクリスマスプレゼントあげねえの!?」

 ある年の冬。
 きっかけはなんであったか、テニス部の同期に信じられないとばかりに言われ、「恋人同士はクリスマスプレゼントを贈りあうもの」という通説が現実に存在することを月光ははじめて知った。
 なにせ、彼はその手の話に疎い。テレビや書籍からの情報以外は、数少ない友人からの聞きかじりがせいぜいだ。仁香もほかの同級生から聞く彼女像とはやや外れているというか、やたらと月光を甘やかすばかりで、恋人らしいことを要求されるのも稀である。

(クリスマスプレゼントか)

 あげるとしたら、何がいいだろう。
 12月が近づくにつれて、彼は暇があればそればかり考えていた。年の瀬より先に世間も浮かれるクリスマスがやってくる。恋人である二人も、当然ながらそれらしい予定は立てていた。
 交友関係が広いとはいえない月光にとって、ひとりで答えの出せない悩みは深刻だ。しかしテニス部の連中に知られるのは避けたい。女性に意見を聞きたいところだが、母親に話すのは気が引けるし、女友達という女友達にも覚えがない。月光が相談できる身近な相手といえば、たとえば祖母くらいのものだった。

「今までもらって嬉しかったもの?
 そうねえ、あんたのお父さんかしらね」

 子供は宝物だから。
 にっこりと微笑んでいった祖母の言葉は面映いが、残念ながら参考にはならなかった。表情が動かずともがっくり肩を落とすような孫の空気を悟ったのか、祖母はくすくすと小さく笑って月光の背をたたく。

「贈り物はなんだって嬉しいものよ。自分に似合うものや喜びそうなものがなにか考えてくれるんだものねぇ」
「………そうか」
「そうよ」
「参考にする」

 とはいえ、悩みは解決していない。
 祖母の暖かい励ましを胸に、候補が浮かんでは消える日々を過ごす。冬も深まって息も白くなり、ついには12月に入ってしまっていた。
 もはや万策尽きた。手詰まりである。恥をかなぐり捨てて周りに頼るしかないのだろうか。しかし……と考えて、月光にふと一筋の光明が差す。近すぎず遠すぎず、それでいてアドバイスをくれそうな相手を思い出したのである。


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「いやー、マジで何かと思ってビビりましたけど、センパイもそんなんで悩んだりするんですね〜」

 善は急げと、連絡したのが昨日。
 クリスマスまであと一か月を切った頃、月光はその人物と駅前のファミレスで待ち合わせをしていた。呼び出された後輩ははじめこそ何事かと驚いていたが、今ではすっかりリラックスして奢りのココアを飲んでいる。

「きちんと贈り物、というものをしたことがない」
「いや、まあ、そんなもんじゃないですか?学生でバイトも禁止やし。テニス部やったらそんな暇もないやろし」
「……案外ドライだな」
「愛があってもお金は降ってきませんからね、正味なハナシ」

 わはは、と快活な声で笑うのは、中等部の伊丹桐子である。
 彼女は3学年も離れている仁香となぜか仲の良い友人で、忍足侑士の彼女でもある。月光とは接点の薄い人物だが、なりゆきで4人で遊んだことがあるため連絡先は知っていた。藁にもすがる気持ちで相談したところ、彼女は一も二もなく快諾してくれたので、月光のほうが驚いたくらいだ。

「でも仁香ってセンパイが何あげても喜びそうですよね。マジで。そのへんのきれいな石あげても「つっくんかわいい〜〜!!」って言いそうじゃないですか?」
「……だからだ」
「ん?」
「だから迷っている」

 月光にも想像はつく。何を喜ぶかというか、何をあげたら喜ばないのかを考えるほうが難しい。それくらい甘やかされている自覚はあった。だからこそ、本当に仁香が欲しがっていて喜ぶものがなんなのか、ちゃんと考えて贈りたかったのだ。
 桐子は鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしたあと、ぱちんと口元を両手で押さえて横を向いた。自分より3学年も上の諸先輩方の恋愛があまりにピュアすぎたため、謎のダメージを食らっているのである。

「どうした」
「キャン・ユー・フィール・ザ・ラブ……トゥナイト!」
「??」
「いや、今のはライオンキング。愛を感じた。今度DVD貸すんで仁香と観てください。もうわたし、頑張りますね。めっちゃ協力するんで」

 何だかよくわからないが、さらにやる気を出してくれたようである。桐子の言っている内容の半分も理解できていないまま、月光はとりあえず感謝を込めて頷いておいた。

「で、で、方針決まってるんです?」
「……身に付けるもの、と思い髪飾りを考えていたが……」
「おお、いいんじゃ……ハッ!」
「そうだ」
「仁香、先週髪切ってましたね?!」

 そう、無念な話だった。
 仁香といえば結えるほどの長い髪のイメージがあったのだが、先週登校してきたときには顎くらいのボブカットになっており、月光は顔には出さないまでも内心とても動揺した。
 幸いまだ購入はしていなかったが、一度これだと思ったものだからなかなか他に思いつかず、さらに行き詰ってしまったのである。後輩は感情豊かに同情して頷き、ぽんとひとつ手を打って仕切りなおした。

「ま、気ぃ取り直していきましょ」

 桐子は「じゃん」と鞄から雑誌を取り出し、女の子の好みそうなグッズがたくさん載ったクリスマス特集のページを見せてくれる。なるほどティーン向け雑誌とは、月光一人では絶対にたどり着けない情報源だ。
 先輩が感心しながらそれを眺めている間、後輩は携帯でネット検索もしてくれた。そしてあれこれ提案してくれるのだが、情報を一気に受け取りすぎたせいで月光は混乱しつつあり、ピンと来ているのかいないのかあいまいな返事を返すばかりだった。
 だんだん桐子が「ええい、イヤイヤ期か!」と業を煮やしはじめたあたりで、月光はふとページの一角に目を引かれる。

「………これはどうだ」
「あーメッチャかわいい!うおっ、値段は可愛くない!」
「4万8千円……!」
「てか越知センパイ、先に予算決めません?」

 もっともな意見である。
 辛くもこの後輩が先ほど言ったとおり、愛で物品は購入できない。先立つものにも限度があるのだ。桐子はノートサイズのスケッチブックを取り出し、見出しを「越知センパイ&仁香クリスマス大作戦」として言われた予算と候補を書き込んだ。
 たとえばアクセサリーと一口に言っても色々ある。ネックレス、指輪、イヤリングでもいいし、ブレスレットやアンクレットでもいい。ヘアピンなら髪の毛が短くても使える。バックチャームなら学校にもつけてこられる。時計はたいてい、予算を出てしまうだろうか?
 友人の好みを考慮しつつ、現実的な意見も挟みつつ、てきぱきと良さそうなものをマークしていく桐子が、ふと顔を上げた。

「ていうか、まんべんなく仁香っぽいですね」
「仁香っぽい」
「ちょっとこう華奢な感じとか。似合いそうやし、繊細なやつ」
「繊細か。そういった印象はないつもりだったが」

 仁香はああみえて度胸がある。
 華奢なのは、合っていると思うが。ちょっかいをかけておいて反撃されると弱いのは繊細と言えなくもないかもしれない。無言で悩みはじめた月光を見て、ふむと桐子が唇の下にシャーペンを当てる。それから、まるでカウンセラーのような口調で背の高い男に問いかける。

「銀と金ならどっち?」「金」
「丸とか楕円か、四角とか三角なら?」「……四角?」
「色でいうと?」「青だ」
「大きい小さい」「小さい」
「じゃ、それでいきましょ」
「?」
「華奢で、金のフレームとかチェーンで、四角っぽいモチーフの、青が入った、小さいもの。越知センパイ的、仁香っぽいもの!アリだと思いますよぉ」
「そんな単純な……」
「いやだって、喜びそうなものは私もなんとなくわかりますけど、センパイが仁香のことどう思っててどこが好きとかはセンパイのほうが知ってるでしょ?」

 だから大丈夫です、と後輩は自信満々だ。
 月光は内心、思いきり頭を抱えたくなった。 桐子は月光よりも彼女が喜ぶものがわかるのが悔しい――なんて感情があること自体、彼にはまったく無自覚だったからだ。それを分かってかそうではないのか、桐子は月光の『恋人としてのプライド』を傷つけない選択肢を示してくれている。
 そんなことを言われては、そうするしかない。
 観念した月光がこっくりと頷くと、桐子は実に頼もしく笑ったのだった。


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 ところ変わって、別日のショッピングモール。
 越知月光はどこに行ってもかなりかさばった。身長2mをゆうに超すブルーメッシュの男は、女の子向けの店で死ぬほど浮いていた。
 そんな針の筵のような状況で、いいと思ったものを桐子に見せれば「いやないわ!」と突っぱねられ(恋人のプライドとはなんだったのか)、くじけそうなメンタルをなんとか立て直しながら根気強く探す。あまりに棚と視線が違うために、よく見るにはしゃがみこむしか方法がないうえ、立ち上がるときには周りにぶつからないよう細心の注意を払わねばならなかった。
 つらい闘いである。
 幸いなのは条件がはっきりしているため手分けして探せることだった。テニスの真剣試合もかくやという気合いで眼力(インサイト)を駆使し、店内を物色していく。客と店員が怯えているのはなるべく見ないようにした。

「……!」

 そして、視界の端でそれを見つけた。
 華やかに並べられているアクセサリーのなかでは―――それほど目立たないネックレスだった。とても細いチェーンに、自分から見れば笑ってしまいそうなほど小さな石が、四角い台に控えめに乗っている。
 手に取るのもためらわれるが、なんとか指ですくうように持ってみた。光が当たると非常に小さい青い石が、深い色でキラキラと輝いている。群青色。それはやはり、月光の瞳に映る彼女の姿によく似ていた。

 いつのまにか近くに来ていた小柄な後輩に見てもらうため、長身の男がゆっくり腕を下ろす。それを目にした桐子は聞かれるまでもなく、ぱっと明るい笑顔になった。

「それでいきましょ!」

 文句なしの太鼓判だ。
 ほっと息をついた月光は、それ以上迷うそぶりもなく会計に直行する。泣きそうなアルバイトの店員がすかさず店長らしき人物とレジを代わったのもお構いなしだった。ラッピングも済ませて紙袋におさまったプレゼントをじっと見て、満足げにしていた彼はぽつりとつぶやいた。

「中身はいいが、包装が似合わない」
「おっとぉ!センパイ、プレゼントの醍醐味知っちゃいましたね?わかりますよ。よっしゃ、ラッピング用品買いにいきますかー!」

 ここまで来たなら乗り掛かった舟、最後まで付き合ってくれるらしい後輩に後押しされて、月光は一日をすべて恋人のために使った。リボンや箱を選んで、彼女は喜んでくれるだろうかと、人に聞かれれば似合わないと笑われてしまうかもしれない心地で。
 12月9日の土曜日、街はベルの音とイルミネーションで陽気に浮かれている。クリスマスまであと2週間だ。




by キリコ



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