12月25日。メリークリスマス。
 偉そうにアドバイスをした先輩の結果も気になるが、誰にだってクリスマスはやってくる。冬休みで時間があったので、一日中かけて爪の先までピカピカになるように入念に手入れして、服もちゃんと決めておいた。
 もともと私服はパンツが多いのだが、お出かけ着が増えたせいでスカートの占有率が高くなってきている。母親が買ってくれるクリスマスプレゼントにも服をねだってしまった。買いすぎだよ。贈られた微笑ましげな顔が忘れられない。

(去年はなんもできへんかったしなあ)

 中学生のクリスマスなんて、なんだかんだまだ家族と過ごすものだ。しかし今年はお母さんが仕事で遅くなるのが分かっていたので、ファミリークリスマスは24日に済ませたのである。そして兄貴は友達と遊びに行って夜まで戻らない。
 つまり今日は私の城!
 日差しの入る昼過ぎ、部屋の掃除も済ませてお菓子の準備もばっちり。一緒に観ようかなと思ってDVDも用意しておいた。繰り返し鏡の前でチェックするが、何度見ても結果は同じ。つまり今日はパーフェクト!

 ―――ピンポーン

「はーい」

 来た来た来た、と暴れだすテンションをおさえて玄関の扉を開けてさっそく膝から崩れ落ちかける。忍足くんのほうもパーフェクトだった。シンプルにハイネックのセーターにぴったりのPコート。めっっっちゃかわいい。百点満点。
 その服自分で選んだの?選んでもらったの?どっちでもいい今日の君はサイコー。お兄さんスタイルいいね。良さがある。私と忍足くんはお互いに目があった瞬間、全く同じタイミングで口を開いた。

「「今日めっちゃかわいい」」
「シンクロすな」
「こんな台詞かぶらんといてくれる?!!ありがとう!!その服自分で選んだん?めっちゃ好きかわいい」
「可愛いはめっちゃ良いってことやろ。忍足くん覚えた。こんなん好きなん?」
「男の人のハイネックせい、せい、盛大に好き」
「だいぶ好きやな」

 「性癖」という言葉をなんとか飲み込むことに成功し、心の中で十字を切る。神よ、まだもうちょっと忍足くんの前では純情なJC桐子ちゃんでいさせてください。アーメン。
 こっちも褒めてもらえたので、いつもの癖でくるんと回ってみせる。紺地にオレンジチェックの襟付きワンピースは下ろしたて。最近お嬢さんづいてきている自覚はあった。忍足くんもクリスマスハイのせいか、ニコニコ笑いながら拍手してくれた。

「そと寒かった?」
「今日はちょっと気温高いわ」
「はいはい、コートとマフラー拝借〜」
「おおきに〜」

 Pコートをハンガーにかけるっていうの、ちょっと奥さんぽくないですか?奥さんですって奥さん!まあー!奥さん何人いるんだよ落ち着いてくれ。
 ふわふわした足取りでダイニングに行くと、勝手知ったるはずの私の家でなぜか立ったままの忍足くんが急に椅子を引く。何故。

「えっなんで急にエスコートなん?」
「まあ、ほら、クリスマスやから?」
「ごめんあそばせ」
「ご機嫌うるわしゅう」

 奥さんの次はエセお嬢様ごっこがはかどってしまう。しゃなりと音がしそうな仕草でスカートをおさえながら座ると、隣に立ったままの忍足くんはちょっと緊張した顔をしていた。
 てっきりそのまま向かいに座るのかと思っていたので首を傾げていると、忍足くんは見えないように持っていた小さい紙袋をぽんと私の膝に置く。それからちょっとだけ口の端を上げた。

「クリスマスプレゼント」
「え、あ、あっ!ありがとう!」

 ビックリしたけどお礼は言えた。
 動揺しすぎて開けていい?をジェスチャーやらで伝えるとどうぞどうぞと手で促される。マットな黒い紙袋に金の箔押し。え、いやなんか、紙袋が高級じゃない??そうな気配がするんだけど大丈夫?コワイ。
 ドキドキしながら丁寧にシールをはがすと、中からこれまたシックな赤いリボンがかかった箱が出てくる。そこはかとなく漂う高級感に及び腰になりながら、おっかなびっくりほどいてみると、中にさらに箱が入っていた。

「ん!?また箱!?」
「まあまあまあ」
「えっどゆこと、待ってなんか緊張してきた」

 ちょっとくすんだピンク色のビロードの箱だ。かわいい色だ。モーブピンクっていうんだっけ。手が震えてきた。金具を外してぱこ、と開けると―――とくに何も入っていなかった。

「あれ?」
「ジュエリーケースでございます」
「あっそ〜〜ゆ〜〜ことか!ビックリした何が起こったんかと思ったわ。えー!かわいい!鏡ついてるー!」

 中には紺色のビロードクッションが敷かれていて、左にはネックレスとイヤリング用、右には指輪を何個か置けるケースになっている。触っているだけで気持ちい手触りで、何よりちょこんと両手に収まるサイズがかわいかった。 
 ピーチクパーチクとはしゃいで騒ぐ私に忍足くんがどこか安心した表情になったのは一瞬で、すぐにやりと得意そうな笑みを浮かべる。

「アクセサリー置く場所無い言うてたやろ」
「確かに!いま普通に吊り下げてるだけやから!へへへ。うわ〜嬉しい、ありがとう!」
「まあ、この店で指輪買うのはまだ無理やから」

 予約な、と指輪の場所に青い棒付きキャンディが花のように活けられる。コーラ味のチュッパチャップス。声にならない悲鳴があがった。
 き、き、キザ!!カサブランカ!!!
 思わず忍足くんから顔を背けて背もたれにしがみついたが、当然のように回り込まれた。返事を待たれている。ごくりと生唾を飲み込んだら、いつもの声が嘘のように細い声が出た。

「はい……」
「あと、おばさんから貰ったネックレスも入れたって」
「あ! えー! よく覚えてるなあ〜〜」

 少し前に母親から「きりちゃんも大きくなったからね」といって譲ってもらった、可愛いダイヤのネックレス。それが嬉しくてけっこう大切にしてる……ということを確かに話した気がするけど、本当にほんの一回だけだ。
 よく覚えてるなあ、と感心するやら嬉しいやらで、じんわりと体が暖まる。自分のためにプレゼントを選んでもらえるって、なんて嬉しいんだろうか。

「へへへ、ありがとう……あっまって、私もあるから持ってくる!今しかない。ちょっと待ってて」
「廊下走ったらあかんでぇ」
「忍足先生ー!」

 浮かれポンチは自室に小走りで戻り、置いておいた紙袋を引っさげる。ついでにカラーボックスに取り付けたフックからアクセサリーをひとつ手にとって。

「はいこれ、クリスマスおめでとう。おめでとう?」
「おめでとうはおかしいやろ」
「確かに。メリークリスマス!」
「サンタさんありがと〜」
「私のほうはめっちゃ普通に選んでんけど……」
「ええって、嬉しいよ。でもなんやこのサイズ……おっ」

 買った店は何の変哲もない文具屋さんだったので、ラッピングは自分でした。青色のギフトバックに白とリボン。同じ白の造花を小さく添えて。ほどくと中には革のブックカバーが入っている。文庫本サイズで、ちょうど忍足くんが電車通学の合間に読んでるのと同じ。色はなんとなく優しいオリーブ色にしてみました。

「この色、かっこええなあ」
「忍足くんてあんまり着たりしてないけど、小物とかそんな色やなーと思ってそれにしたの」
「あー、確かにそうかも……うわ、なんかめっちゃ照れるわ」
「いや私も超照れてるから!」
「ブックカバーは思いつかんかった」
「えー、読書好きにはわりと無難かなと思ったけど。鞄に入れといたら毎日見てくれそうやしさ」
「うっ…………」

 胸を押さえて呻きながら忍足くんが私の肩にもたれかかる。そして身動きしなくなった。死んだ。なんだかわからんがツボを刺し殺せたらしい。まんまとしてやったが、問題は右肩が熱くてこっちまで余波で恥ずかしくなってくるということだ。
 今は本当に真冬なのか疑わしくなるくらいポカポカしている。いや12月だからプレゼント交換してんだけどさ。

「でも見てこれ」
「ん」
「めくったらスナフキンおんねん」
「うわっほんまや!」

 このブックカバー。一見無地なのだが、めくると折り込みにスナフキンが型押しされているのだ。こんな可愛いものが忍足くんの鞄から出てくるかと思うとたまらなく可愛い。若干彼の趣味を無視して買ったが、楽しそうに笑ってくれているのでハズレではなかったらしい。
 ともかくプレゼントも渡せたし、喜んでくれてるみたいで良かった。肩の荷が下りた気持ちになって、左手に握っていたものの存在をようやく思い出す。

「あ、ていうかさっき言うてたネックレス持ってきてん。入れたくてさ〜、へっへっへ」
「せっかちやなあ」

 口が笑いっぱなしだよ、忍足くん。私もだけど。持ち上げたクッションの切り込みにネックレスをはめ込むと、金色のチェーンとダイヤがきらきら光って、紺のビロードにぴったりと映えている。きれいだ。

「やー!かわいいー!見て!」
「おお、思ったより合ってたわ」
「やーん!あかんめっちゃ高い声出ちゃう……」

 上がりきった口角が痛い。きっと人から見たら目も当てられないくらい顔が緩んでるんだろうな。大事なものが大事な人にもらった箱に入っている。机に置いたジュエリーケースを撫でる手も優しくなってしまうような、心踊る光景だ。
 跳ね上がった心拍数がやっと落ち着いて、ハァと胸いっぱいのため息がこぼれる。ミュージカルだったら今頃忍足くんと歌って踊ってたわ。その彼はポケットに手を突っ込んだまま、何やら含みのある笑みを浮かべている。

「そういうわけで」
「どういうわけで」
「実はもう一個あんねんけど」
「は!?」
「手えかして」
「ちょ、あ、ま、うそうそ」

 待って腰抜けて動けない。
 ポケットから取り出したキラリと光るものを、忍足くんは王子様よろしく手をとって私の指にはめる。右手の薬指に金色の指輪が二つ。華奢なリングに透明の石とお花のモチーフがついている。
 かわいい。指輪。薬指。右手だけど。指輪。

「ゆ、ゆび、指輪?指輪!指輪!?」
「ゲシュタルト崩壊しそう」
「や……かわい……えっ……なん………」

 忍足くんのなかで私どんだけ可愛い女の子なの!?と叫びだしたくなるほど可愛い。今日一番くらいに顔が真っ赤っかになっているのを感じるし、なんならちょっと泣いている。なんで指輪のサイズ知ってるの。指輪もらった。きつくて入らないとかなくて良かったーーー思考回路がショート寸前だ。
 今度は私がぐんにゃりと隣にもたれかかる。いや忍足くんに密着するのもかなりだいぶ恥ずかしいんだけど支えがないとまじで死んでしまう。本当に現実?クリスマスに好きな人が私のことが好きだって顔で指輪くれるって、夢じゃなくて?か、神様!

「うっ、うっ、うう、嬉しい、ありがとう……」
「……気に入ってくれた?」
「うん めっちゃうれしい えへ」
「良かった」

 忍足くんは今度こそ本当に、心からホッとしたように顔をほころばせる。いつも涼しい切れ長の目が子供みたいに細まって、ちらりと歯まで見せて笑う。満足そうで、照れてて、嬉しそうだ。胸がキュンキュンする。そうとしか表現できない感情が体を突き抜ける。
 ええいこの野郎、この世で一番アホなカップルに憎しみを抱いていたはずの私が死ぬほどしゃらくさいセリフを出力してしまうううああ止めろーーーーー!

「大好き」

 ごめん、無理だった。
 唇から言葉がこぼれるのを止められない。こんなに素直に好きだなんて言うのははじめてかもしれなかった。はじめはひんやり冷たかったはずの指輪が私の体温ですっかり熱を持っている。忍足くんが喉を詰まらせてから、立ったままぎゅうっと抱きしめてくれた。
 今日だけはもう恥ずかしいだなんて思っていられない、めちゃくちゃに愛おしいどうしてくれよう。 

「指輪2コまだ入れるとこあるから」
「うん」
「予約、覚えといてな」
「………ふぁい………」

 ときめきで死ぬなら死んでる。
 そんなに深く引っかけてどうしようっていうんですか。私がもらっちゃっていいの。もう誰にもいっこもあげたくないし、離してあげられへんよ。
 涙が溢れそうなのがバレないように、忍足くんの顔を見るかぎりたぶんバレてるだろうけど、罪作りな男のお腹に額を押し付けて思いきりくっついておいた。
 頭のなかで音楽が流れる。手には指輪。抱きしめてくれる恋人。聖夜よありがとう。恋人たちよありがとう。きっと色んな人のところにサンタは来てるだろうけど、私のサンタが世界一だ。もうクリスマスなら言わせて、それくらい!



by キリコ







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