文化祭3日前。
 クラスでは身長があって運動部という理由で買い出し・運搬係に任命された。別に異論はない。今日は突如足りなくなった物資の調達を命じられたので、ちょっと遠いホームセンターまでクラスメイトの自転車を借りていくことになった。
 駐輪場へ行く道すがら、外に跳ねた色素の薄い髪が向かいから歩いてくるのが見える。足を止めるとあちらも俺に気付いて軽く手を挙げた。

「おう、忍足。奇遇だな」
「跡部やん」
「買い出しなら乗っていくか?」

 クイ、と跡部が指さした先に黒塗りのリムジン。誤解のないように注釈しておくが、氷帝は私立というだけで別段通っている生徒がとても裕福というわけではない。跡部という男が規格外なのである。
 しかしせっかくなので乗せてもらおう。
 財閥の金持ちぶりに呆れつつもいそいそと乗り込むと、一台の車とは思えないほど広いシートに、既に生徒がひとり乗り込んでいた。茶髪のポニーテール。同じくテニス部の宍戸亮だ。

「なんや宍戸も買い出しかいな。お化け屋敷は大変そうやなあ」
「いやまあ跡部んとこよりはマシだぜ」
「そこは比べたらアカンやろ」
「お前らとはスケールが違うんだよ」

 ホームセンターまでリムジンで買い物とは、文化祭で苦労してなにかを作り上げる有難みがゼロだ。小さい冷蔵庫に飲み物までついている。シャンパンでも出てきたらどうしようかと思ったが普通にジュースが出てきた。
 車が滑らかに発進する。
 文化祭前で部活も休みのため、話題はやはりクラス各々の出し物の話になった。2年は演劇などバリエーションに富むが、1年はだいたいクラスでの展示や遊び施設だ。

「うち布テープとでかいホッチキス」
「グルーガン使えばいいじゃねえか」
「あっウソだろA組そんなもん使ってんのかよ!」
「あれでも危ないやん?誰か火傷しとったで。俺ペンキの追加。きりちゃん……クラスの子がこの色とこの色やって」

 二人ははたとこっちを向いた。
 なんとなくしまったと思ったが時すでに遅し、跡部と宍戸の顔が面白そうな笑みに変わる。たぶん岳人から何か聞いたんだろうなと察しは付くが、こんな反応をされるならいっそ名前を言い切ったほうが得策だった。
  
「それってあれか?『きりちゃん』だろ?」
「お前のガールフレンドらしいな」
「あー、ちゃうねんちゃうねん。仲良いからいっつも誤解されんねんけど」
「女子と仲いいだけでも怪しいっつーの」
「おい宍戸、あんまりからかうんじゃねえよ」

 こういうとき過剰に照れて否定したり慌てたりすると長引くことは経験からだいたい分かっている。さらりと流そうと試みていると、跡部がやれやれとばかりに宍戸を止めた。
 さすが部長、話が分かる。感心したのもつかの間、跡部は両手を組んで面接官のような態度で口を開いた。

「で、どんなやつなんだ?」
「聞く気満々やん!」


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 高級車の代名詞、リムジンからビニール袋をぶら下げて中学生が3人出てくる。なんだかどっと疲れた。結局ホームセンターに到着するまでからかい倒され、二人して死ぬほどしつこかった。跡部と宍戸は部員の珍しい姿にめちゃめちゃ楽しそうだったが。
 はあ、と小さくため息をついていると、宍戸がまだ笑いの含んだ口調で肩を叩いた。何やねん。

「おい、忍足。迎えが来てるぜ」
「えっ」

 校舎の入り口、下駄箱の近くできょろきょろと何かを探している女子生徒。
 きりちゃんは俺を見つけた瞬間に、落ち着かなさそうに不安げだった顔をぱーっと一気に明るくさせ、そこから全速力で駆け出してきた。めっちゃ速い。

「忍足侑士〜〜〜〜〜!!」
「うおっびっくりした!」
「めっちゃ早いやん!助かる!サンキュー!!もらってっていい?!」
「ええで」
「ヒュー!!」

 よっぽどお待ちかねだったのか、きりちゃんは嬉しそうにビニール袋を受け取ってこちらに右手を差し出した。ああ、と右手を出して手の平と甲を一回ずつタッチ、拳を合わせて水平にヒラヒラ。最後にガシッと音がしそうな抱き合いのあと嵐のように去っていく。
 ハンドシェイクの練習の成果である。
 最後までいつもどおり普通にやってしまったあと、後ろに二人がいたことを思い出した。振り返ると案の定呆然としている。

「す……すげえ仲良いじゃねえか!」
「せやろ。言うたやん」
「逆に彼女じゃねえ気がしてきた」
「おい、テニス部でも独自のハンドシェイクを決めるぜ。部長命令だ!」
「た、対抗意識……!」

 その後、しばらくテニス部でハンドシェイクが流行った。文化祭の準備は順調だ。










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