初詣に誘ったものの、彼女には残念ながら先約があったみたいだ。
 こればかりは出遅れた自分が悪い、と思いつつ帰り道別れたあとすぐさま携帯を取り出し、諦め悪く跡部にメールしている自分がいた。

『初詣やねんけど、駅前の神社とかどう? 近いし』
『別に構わねえぜ』

 跡部の返信はいつも早くて助かる。内容を見てよっしゃ、と喜んだ自分があまりに必死なので恥ずかしくなってきた。いつからこんなキャラになってしまったのだろうか。しかし場は整った。
 さも偶然を装って同じ神社だったとメールをしたら、きりちゃんからは嬉しそうな返信が返ってくる。おめかしするという言葉に柄にもなく浮き足立った。彼女の晴れ着のためなら馬鹿になる、男の子は昔からそういうものだ。


-----------


 「クラスの女子3人と合流したい」と伝えたら宍戸あたりから思春期的な反発があるかと思ったが、もとから大人数だったからか皆そんなに反応はしなかった。まあ確かに全員集まったら10人以上だ。ほぼクラス会みたいなものである。
 待ち合わせ時間まであと少しというところで、装いも華やかな女の子3人と合流した。花岡さんと楠さんはきりちゃんの友達だということしか知らないが、二人も着物がとてもよく似合っている。ただそれ以上の衝撃が彼女たちの真ん中にあって、釘付けになってボーッとしてしまった。横からの衝撃でハッとする。両脇を固めるのは岳人と滝だ。

「なんやねん」
「なに突っ立ってるの」
「お前の彼女だろ!はやく行けよ!」
「あ、あぁ、せやな」

 なんだか緊張してしまう。もたついているうちにのきりちゃんほうが黒いブーツで石畳を歩いてくるが、振袖の華やかな柄が揺れて、目の前がチカチカした。
 夏祭りのときのように着物マジック、と茶化せもしない。好きな男の子のためならば、それはたぶん自分なのだと思うと堪らない気持ちになった。二人が話している内容もあまりに頭に入ってこない。

「どしたん忍足くんかゆそうな顔して」
「いや………綺麗やなと思って、着物………痛ッ!」
「なに?!ありがとう?!」

 とたんに脇腹をどつかれる。着物は余計だと言いたいのだろうが、友達の前で彼女を褒めるのは流石に恥ずかしい。しかし驚きながらもにこにこ喜んでいるきりちゃんを見ると、やっぱり普通に褒めればよかったかもしれない。
 せめて写メを撮りたいと申し出たら、滝が気を利かせて二人で撮ってくれた。写真のなかで照れたように笑う彼女はやっぱりとびきり可愛かった。


 流石に大晦日だけあって人がごった返している。お参りの列になんとか滑り込むと、やっぱり女子が来てはしゃいでいるのか、テニス部はみんななんとなくテンションが高い。
 きりちゃんがふらふらしている気がしたので少し離れてゆっくり進む。寒いからか夜だからか、会話も不思議とスローになる。ぽつぽつと話しながら歩いていると人にぶつかりそうになって、咄嗟に彼女の手を取った。

「あ」
「う」
「うぐぅ……ありがと」

 ほんのり化粧の乗った頬がはっきりと赤くなる。思わずつられて照れる。いつまで経っても照れ屋が治らない。それはお互いさまか。
 人混みに流されそうになって離れるタイミングを失った。見つかったらからかわれるだろうが、バレそうになったら離せばいいかとそのまま進む。手を握った回数はそれほど多くないが、自分と同じ人間とは思えない手の小ささに毎回驚いてしまう。

 時刻は11時50分。夜だというのに境内は夏祭りよりも明るい。跡部がしっかり引率してくれるので全員スムーズに進んでいる。たまにチラリとこちらを確認していたが、自分たちが少し遅れているのは見逃してくれているようだった。
 きりちゃんがはぐれそうになるたびにぎゅっと指の力が強くなるのがかわいい。あかん、もうなにをしてても可愛く見える。他から遅れること数分、やっと神殿前にたどり着いた。

「なにお願いしたん?」
「世界平和ー、無病息災ー、家内安全」
「四文字熟語ばっかりやな」
「少ない文字数で伝えよと思って」
「欲張りさんやな〜」
「忍足くんは?」
「全国大会行けますように」
「あ!私もお願いすればよかった」

 うかつ、みたいな顔。実際はそれほど真面目に祈っていないので気にするなと笑って神殿前から退く。そろそろ自分たちも3年になるので、関東大会までそう時間もない。まあスポーツの大会に神頼みなんて気休めみたいなものだ。

「あ、あけた」
「あけましておめでとう」
「おめでとうございます〜」

 カウントダウンは聞き逃してしまった。あちこちから新年のあいさつが聞こえてくる。前から岳人が人をかき分けてくるのが見えたので、もう手は繋いでなかったが微妙に身構えてしまった。

「あっちで甘酒配ってるぜ!」
「えー!飲みたーい!忍足くん行こ!」

 明るい声にぐいぐいと引っ張られる。夜風に晒されて寒さも限界だったのだろう、きりちゃんが喜び勇んで甘酒を受け取りにいった。いつのまにこんなに冷えていたのか、喉を通る熱さが体を温める。暑いくらいだった。
 横で彼女がほう、と口から暖かい息をこぼす。心地よさそうに目を細め、それから妙に落ち着いた声で。

「眠くなってきた」
「子供か!」

 今日イチの突っ込みが出てしまった。確かに12時は過ぎてそろそろ寝る時間かもしれないが、甘酒飲んだら睡魔に襲われるとは実に健康的だ。もう遅いし送っていくか、ときりちゃんの手を引いて跡部と友達二人のところまで連行する。

「おねむの時間らしいから連れて帰るわ」
「ああ……送り狼になるなよ」
「アホか!!」

 わざわざ周りに聞こえないように耳打ちされて反射的に言い返す。耳年増のくせに何を言ってるのか。ニヤニヤ笑う跡部にこれはまずいと踏んで、他の連中にはやし立てられない前にうとうとしたきりちゃんを引っ張っていった。
 今来たらしい参拝客とすれ違いながら、徐々に喧騒から離れていく。今日はあんまり話していない気がするな。当社比。俺が話してそれをうん、うん、とゆっくり頷きながらきりちゃんが聞くというのは、なんだかいつもと逆だった。
 神社から彼女の家まではそう遠くない。門前でチャイムを鳴らすと、奥からパタパタと走ってくる音がした。

「あらら、ありがとうね忍足くん! ごめんね、忍足くん送ってくれるから安心やわと思ってたんよ〜」
「あはは」

 きりちゃんのお母さんは相変わらずあっけらかんとしている。まだ帰ってきてから着替えていないのか、仕事着に化粧をしたままのおばさんが一度奥に引っ込んだ。振袖を脱ぐにはいろいろと準備が必要らしい。
 ブーツのつま先がとん、と玄関口に着地する。本人はそう思っていないらしいが、ふらふらした千鳥足だ。こっちの心配をしってか知らずか、眠たそうな眼差しがうっすらと微笑む。

「ありがとお〜」
「うん、おやすみ」
「あ、……今年もよろしく」

 言い忘れてた、とにこっとあまりに邪気なく笑う。子供みたいに気が抜けていて油断した顔だ。ぎゅーっと名残惜しそうに手を握ったあと、「またね」とそのまま離れていく。
 カチャン、とドアが閉まる音。
 門から離れた角の電柱のそばで、さっきの表情が何度もリフレインして離れない。ぐうっと喉が鳴る。ああーーーっもーーーめっちゃ可愛いやんけーーなんや俺の彼女ーー!落ち着こうと携帯を開いたらそこにもいる。もーあかん動悸息切れが。トシかな。誰がトシやねんまだ思春期や。おあとがよろしいようで。









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -