浮かれている場合ではなかった。1周目の『強くてニューゲーム』のために底上げされているが、正直記憶も定かではなくなってきているため油断はできない。中学校の試験なんて暗記でしょ、と思っていたらこと氷帝に関しては痛い目を見ることになる。
若い頃さんざん大人に「今のうちに勉強しておけ」と口酸っぱく言われた。当時はうるせえくらいにしか思っていなかったが、今は断言する。マジだよ。日々仕事をしながらさらに勉強しようというのは鋼の意志と無限の体力を持つ者しかできない。仕事に関わらないことなら尚更である。そしてその仕事内容の良し悪しは、学生のうちにどれだけ勉強したかで決まるのだ。
学力で人生の全ては決まらない。
が、あるに越したことはない。そう思うと試験一つにしても、ないがしろにするのは気がひける。ていうかマジで、今回はきちんとめの学歴がほしい。今しかねえんだ。切実なんだよ!
(でも帰ると勉強できへんねんなぁ)
鋼の意志を持たずに生まれたから。魂レベルで。こういうときは強制的にせざるを得ない環境に自分を置くが吉。
つまりは図書館だ!
所属委員会のおかげで立派な図書館にも気後れせずに入ることができる。中休みに当番がある私には勝手知ったる第二の教室だ。なお第三は食堂。ちなみに食い意地のためではない。
「あ」
「……どうも」
「おつかれ〜」
受付カウンターには日吉若くんが座っていた。委員会の後輩にして忍足くんの後輩でもある、古武術が得意なクールガイだ。ぺこりと会釈されて育ちの良さに胸がほっこりした。
なんかこう、氷帝に通ってるとみんないい子で頑張り屋でちゃんと躾けられててすごいなあ、私も頑張ろうって気になるからすごい。いい学校だよ。入れてもらえてよかった、としみじみ思っていると、ふとカレンダーが目に入る。
「あれ、日吉くん火曜担当やっけ?」
「………先生に割り当てられたので」
「あ〜あ〜、そっかあ」
2年はみんな希望制で好き勝手決めたけど、1年はそうでもないらしい。一刻も早く部活に行きたいと顔に書いてある日吉くんに苦笑いしつつ、水曜日の担当は誰だったかと考えて「あ」と声が出る。
「坂本さんて知ってる?」
「? いえ……」
「髪の毛長くてすらっとした、B組の」
「ああ」
「水曜日はいつも用事あるのにーって言ってたし、曜日入れ替えてもらったら?」
「!」
日吉くんはさっきまでの不機嫌さが嘘のようにぱっと顔を明るくする。こういう表情をするとやっぱりまだ1年生なんだなあという気分になって思わず微笑んでしまった。私が笑ったせいでハッとした彼は居ずまいを正し、キリッとした顔でもう一度頭を下げる。
「ありがとうございます、聞いてみます」
「いえそんなそんな、頑張ってネ」
それだけ話して手を振り、図書館の端っこを陣取る。ここからはテニスコートは見えないが、今は気が散るのでそれでいい。一番不安な数学の教科書とノートを開いたらため息が出そうになった。レベル高いんだよなあほんと。
とにかく問題集を解いて解いて解きまくり、何も見ずに解けるようになるまで解く、という脳筋殺法で攻めていく。まだ特別わからないということはないが当然途中で集中が切れた。疲れた。チョコ食べたい。
ぴこん、と携帯の液晶部分が光ってメールが届いた。こっそり机の下で開くと、相手はマコちゃんだ。
『お正月なんだけど、いっしょに初詣行かない?忍足くんともう約束しちゃった?』
『してない!行きたいよ〜!』
『二年参り、お着物で行こうよ』
『いいねー!』
二年参りがわからなくてググったのはクラスの皆には内緒だよ。あれね、大晦日の夜に行って歳またぐやつね。初詣に行く習慣がないからまったく経験がないが誘われたのが嬉しくて反射的にOKで返してしまった。
家の近くにおばあちゃんがそもそも住んでいるし、実家に帰る的なイベントは発生しないはずだ。ホクホク気分で問題集の続きに手をつけたりしていると、すぐに日も傾いて図書館も閉まる時間になった。
(食堂に移動すっかあ〜)
忍足くんの部活が終わるまで時間がある。
教科書とノートをまとめて鞄に入れて立ち上がると、日吉くんがスポーツバック片手にまた会釈をしてくれた。準備万端だね。一瞬の時間も無駄にしたくないんだね。すごく伝わったよ、君のテニス愛。
▲▼
最近は寒いので下駄箱よりちょっと中の玄関で待つことにしている。女子高生のスカートの下がジャージってのもなんかこう、情緒がないから。というわけでまだたまに生足だったりするが、いいかげん120デニールくらいのタイツ履きたい気持ちです。
マフラーに顔を埋めてぼーっと待っていると、ぽんと肩を叩かれる。部活終わりの忍足くんはいつもちょっと頬がピンク色でかわいい。スポーツマンは健康的でよいと思います。
「さっき部活終わりにな」
「うんうん」
「日吉に『伊丹先輩にありがとうって伝えてください』って言われたねんけど」
「えっ?!もう交渉しにいったんかな?!バイタリティがすごい!早い!韋駄天の日吉や!」
「何したん?」
「妖精のようなお手伝いを」
「全然わからん」
別に大したことはしてないし、隠すようなことでもないのだが。となると坂本さんもめちゃくちゃビックリしただろうな。ちょっと悪いことをしたかもしれん。
ともかく、後輩くんのテニスへの情熱をたっぷり感じられたひとときでした。進級したらああいう子が部長とかになるのかもしれない。がんばれ、1年生。私もテストがんばろう。