雨が降りだした。
 この季節の涼しい空気が好きなのだが、雨が降るとすこし肌寒い。それからいつもは元気満開のきりちゃんが、机に突っ伏して窓の外を睨みつけるようになる天気でもある。

「雨嫌いなん?」
「めっちゃ嫌い。雨が降るのが、それに伴って起きるすべてが……憎い……!」
「重い」

 大げさに言ってみせてはいるが、本当に嫌いらしい。自分も髪にクセがあるほうだが、母や姉は特に湿気を気にする。といっても彼女の髪は一度も絡まったことがなさそうなくらい真っ直ぐに落ちていて、羨ましいくらいだったが。
 教室でなければ、慰めに指で梳くくらい許される気もしたが、キザすぎやしないだろうか。本当はそれ以上もしたい。迷ったあげくにツンと膨らんだ頬を指でつつくと、ぷしゅうと空気が抜けてきりちゃんが笑った。


▲▼


 委員会が終わり、下駄箱に向かうとまだ空は雨模様だった。今は細い雨粒がぽつぽつと落ちているばかりだが、すぐに大雨に変わりそうな鈍色だ。どこかから「よしっ」と声が聞こえる。玄関口では見覚えのある小さな背が、今まさに外へ走りださんとしているところだった。
 えっ傘なしなん?
 反射的にぱっと腕を掴むと、スーパーボールみたいにきりちゃんが跳ねた。相変わらずいいリアクションである。

「びっ……くりしたァ!!」
「全身からビックリしたの伝わったわ」
「あれ? 委員会もう終わったん?」
「スケジュールの読み合わせだけ。年末はやっぱワックスがけやんのは美化委員やねんなあ……跡部のお金持ちパワーでなんとかしてくれへんかな」
「ワックスがけ楽しいやん」
「代わったげよか」
「嫌です!」

 軽口を交わしながら傘を開く。母親が面倒がって父親と色違いなので、サイズはけっこう大きい。そのままきりちゃんのほうに傾けると、きょとんとした顔で見上げられた。

「入っていくやろ?」
「えっ」

 ぱちりと大きい目が丸くなる。
 突然の相合傘イベントを逃す気はない。俺だって男の子というわけだ。あまり返事を聞かず横並びで背中を軽く押すと、流されやすいきりちゃんは目を白黒させながらも歩き出した。
 隣でしばらく顔を赤くしながらなにか言いたげにしていたが、ほっといて別の話をふった。受け答えしながら、まっすぐ落ちている髪の毛からみえる耳がピンク色になっている。

(女の子やなあ)

 当然だが忘れがちなことだ。
 長いこと友達をしていたら、とくに。
 雨足はやはり酷くなってきた。傘を叩く音が強くなるにつれ、帰り道の会話はぽつぽつと落ちるだけになる。肩が触れるたびにすこし離れるせいで、水色のスニーカーが片側ばかり濡れていた。

「もっとこっち入って」
「んー!!あー!!うわーー!!」
「あーもう雰囲気!」
「すみませぇ……」

 肩を抱き寄せてみると、途端にきりちゃんが奇声をあげて照れをごまかそうとする。こんなに盛大に照れられるとつられて照れてしまう。
 寄りかかるとまではいかない。けど二の腕あたりから下にぴったりとくっついた体温が、自分が男で、彼女が女の子だということを強く思い出させる。それはなんというか、寒さを忘れるくらいだった。

 傘を少し上げると白い外壁が見える。暖かみのあるオレンジ色の扉は、なんとなくきりちゃんの印象に合っていた。

「……着いた」
「着きました」
「ありがと〜」
「いえいえ」

 濡れないように傘を渡しながら、水色のスニーカーがぴょんと屋根の下に入る。離れてしまった体温が寂しい。きりちゃんはじっとこっちを見たあと、言いよどむようにもごもごと俯いた。

「私さ」
「うん?」
「ほんまは傘持ってたの……」
「え」
「でもなんか、なんか、ごめん」

 言い出すタイミングが、と見える肌全部が真っ赤にしたきりちゃんが、叱られる子供みたいな顔で告白する。それは、なんというか、自分と同じような気持ちでチャンスをとったのだろうか。だったら大変にかわいい。いや、もう都合よく解釈したるからな。
 周りの道にも人気はない。傘を一回閉じて、真正面に立った。ころんと丸い頭がちょうどよくこっちを向いているので、指でおでこの髪を梳く。水気を含んでもさらさらと気持ちよかった。

「教室でできへんかったから」

 とん、と本当に軽く。
 唇を額に押し当てたら、きりちゃんは面白いように固まった。悲鳴のひとつでも上がると踏んでいたが、リアクション返ってこない―――と思った瞬間に、ぎゅうっとお腹に抱き着かれた。
 思てたんと違う!
 予想外の展開にパニクっているうちにしっかり5秒は経ったあと、きりちゃんはなんとなくぽわぽわした顔を上げて小さく微笑んだ。体が熱い。お互いに頭が回りきってないのは明らかだった。

「そいじゃ」
「ああ、うん」
「またあした」

 カチャン、とドアが閉まる。
 夢心地のまま傘を開いて歩きだすと、きりちゃんの家からどんがらがっしゃんとしか表現できない音が響き、驚いて門にぶつかった。
 「大丈夫やから!!」と間髪入れずに声が届く。あちこち雨に濡れる。なんとなく中で何が起こったかは想像できたので、ぶつけた足をさすりながらも笑ってしまったのだった。






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