『いいともー!』
映画デート回です。
いやまさかあれがデートのお誘いだとは思わないでしょ。メール返してしばらく気付かなかったわ。待ち合わせの場所と日時を確認したあたりでやっと彼の意図に気付き、慌ててタンスをひっくり返すハメになった。
映画観賞に気合を入れすぎるのもどうか、パーカーにスカートとかでもいいかな、と思ったが何気に付き合ってから初デートだ、と葛藤のすえに結局王道ワンピースにした。
「えーでもこのワンピースでパンプスだとよそ行きすぎるかな? ん〜〜、やっぱスニーカーか……」
白ワンピにMA-1とスニーカー、私はこういうの大好きだけど、忍足くんは好きでしょうか。悩むよりいっそ本人に聞くかと、いそいそメールを打つ。
『服カジュアルっぽいのとお嬢さんっぽいので迷ってる! 忍足くんどんな服?』
『普通にカジュアルやと思う』
『おっけー』
髪型とかめいっぱい可愛くして、デート用にしますので。さすがに中学生でお化粧ばっちりにはできないけど明日は早起きしよう。着ていく服をハンガーにかけて、あれ手入れして、これ準備して、と知らない間に浮かれたスキップなんかしながら。
▲▼
日曜日、昼すぎの駅前。
早めに来たつもりだったが、忍足くんは既に到着していた。シャツにグレーのセーター、薄めのチェスターコート。パンツにスニーカー。あれっ?今日普通におしゃれ!
ハッキリ言って忍足くんの私服は当たりはずれがある。というか顔が美形でさらに眼鏡だとそれだけで特徴的だから、服が変に個性的だとケンカする。刺身にマヨネーズみたいなものなのだ。
なので今日みたいにシンプルで育ちのよさそうな服だと、かなり光っている。
「忍足くんお待たせ……あっ!」
「何なに」
「……ごめ〜ん、待った〜?」
「ううん、今来たとこ〜」
「ありがとうございます」
「お粗末様です」
人生で一度はやってみたかったやりとりが成功し、ちょっと2人のテンションが暖まる。しかし改めて顔を合わせるとちょっと黙ってしまった。お互いの姿をちゃんと真正面から見たせいだ。
間近で見てもかっこいいな。あれ?私この人と付き合ってんだよね?都合のいい妄想じゃないよね?
「……今日、」
「ぅあ、ハイ」
「か、可愛いなぁ、なんか」
「ぐぅ」
髪の毛とか、服とか。忍足くんの視線がちらっと上から下まで私を見てから宙をさまよった。ぐうの音が出たがぐうの音も出ない。絶対顔も赤い。往来じゃなかったらしゃがみ込んでいるくらいの動揺を、スカートを握りしめることでなんとか耐える。
うちの母は勤め人なので、朝からアイロンでヘアセットを完璧にしていく。なのでそれに便乗して、毛先を巻くのを教えてもらった。ふわふわボブならデート向きだろうかとドキドキして家を出たのだ。
だから褒めてもらえると嬉しい。
しかしどもったって言える忍足くんはやはりすごい。そんなことないとか何らかの言い訳をしそうになり、うぐぐっと唸る喉を押し込めたあと、やっと「ありがとう」と言った声の小さいことといったら。
「(ポ、ポンコツ……!!)」
「あーっと、行こか?」
「うん」
忍足くんも今日かっこいいよ、を言い損ねた。おかしい、私こんなにあがり症でも赤面症でもなかったはずなんだけど。緊張はするけどなんとか話せはするタイプなんだけど!片思い期間のほうがマシだったんですけど!
沈黙をたまに挟みながら、それでも気まずくはならない空気。駅前から映画館は徒歩で行ける距離で、人混みを避けるのもそこそこに建物へ入ることができた。
「そういや何観るか決めてなくない?」
「DVDじゃなくて映画館来るの初めてやしなあ。でもまあ、選択肢ないやろ」
「あ、やっぱり?」
今の時期話題になっている映画は数本。他はマイナーでCMも控えめだ。お互いの家でおすすめの映画を観ることもある私たちは、自信をもって同時に広告を指さした。
「恋愛映画やろ」
「アクションやんな!」
「え?」
「え!?」
……あれぇ!?
目論見が外れたのか、忍足くんもびっくりした顔でこちらを見た。
「嘘やろ、これ一択と思ってたわ」
「えー!めっちゃCMやってたし皆話してたから絶対こっちやと思った」
「いやだってデートやで?」
「えっ!?デッ、あっ、そっか。忍足くんが観たかったらそっちにしよ」
「きりちゃんの観たいほうでええよ」
そういえば忍足くんのオススメ映画、何だかんだ恋愛映画が多い気がする。そういうのが趣味だったっけ。話題性とか俳優女優で選ぶ私は、邦画より洋画、特に派手なハリウッド映画が大好きだ。
とはいえ忍足くんはアクションでも別に抵抗はないようだった。うーん、正直恋愛映画のほうは前情報がゼロなので、お言葉に甘えてしまおうかな。
「じゃあ、次は忍足くんの観たいやつにしよ。予習しとくから!」
名案!と笑いかけると忍足くんはちょっと驚いた顔をしたあと、にやけるのを我慢したような表情になる。それを見て自分がナチュラルに次回の約束を取り付けてしまったことに気付いたが、全力のメニューを見るふりで誤魔化した。
飲み物とポップコーンを買って、シアター3番へ。話題の作品だけあってお客さんは多く、真ん中から少し後ろの席だ。薄暗い映画館。ポップコーンの香ばしいにおい。否応なしに気持ちがわくわくしてくる。
「昨日、服のこと聞かれたやん?」
「うんうん」
「一応決めとこうかなと思って合わせてたら、うちの姉貴に見つかってファッションチェックされてやな。
出来上がったのがこちらです」
「ふはっ!」
なるほど思わぬところで謎がとけた。静まり返った館内で大声で笑うわけにもいかず、口元を手で押さえてぷるぷる震える。忍足くんも服装に迷ったんだなと思うと大変に可愛かった。そしてお姉さんとは趣味が合いそうだなとも。
「でもさ、」ふっと照明が落ちる。私を笑わせて満足した忍足くんが、携帯の電源を落としながらこっちを見た。
「その、今日、かっこいいよ」
よし、言えた。
ビーっと音がしてスクリーン以外の光が消える。それをいいことに慌てて視線を前に移したものの、視界の端で俯いた忍足くんが「ぐぅ」と唸ったのは見えてしまったのだった。