授業が始まると教室は静かになった。
 こう見ると皆真面目に教えを受けていていい学校だ。自分の母校はそうでもなかったので感慨深い。先生は転校生に気を使ってか、廊下側の前から順番にあててくれている。このぶんだと私までは回ってこないだろう。

(坊ちゃん、蜘蛛の糸……なつかしー)

 教科書をぱらっと見ただけでも楽しい。懐かしい本の匂いと優しい紙の色。中学校から現代文と古文漢文に分かれるんだっけ。故事成語好きだったなあ。
 いかん全然集中できてない。
 生徒たちが当てられてはつたない言葉で音読しているのは微笑ましかったが、こっちの状況は相変わらずだった。

 まあ、突然の出来事で。
 いろいろ思うところはあるが、不思議と気持ちは落ち着いている。学生という立場がある以上、衣食住の心配もないし、そもそも働かなくていい。上司の機嫌も仕事の納期も気にしなくていい。トラブルには強いほうだ。
 中学生は可愛いし。
 見渡す顔はまだあどけない。我ながら別にきちんとした大人ではないので、むしろちょっとワクワクしてきている。不安があるとすれば、この生活に慣れたあと突然社会人に戻ると辛いものがあるというくらいか。

(こういうの小説とかで読むけど、ほんまにあるねんなあ。じゃああれってもしかして自伝混じってる可能性があるってこと?)
 
 ああ携帯がない。調べものがしたい。
 というか黒板をまったく写してもいない。気を取り直して端から書き始めたものの、普段キーボードとフリック入力に慣れていたせいで漢字が思いのほか書けずショックだった。いやいや、逆に中学生感があっていいのかもしれない。
 ポキ、とシャーペンの芯が折れた。筆箱のなかを探ってみても芯のケースはない。

「あらぁ」

 準備が足りないところは中学生の私そっくりだ。諦めてパタンとシャーペンをノートの上に転がし、頬杖をついて何となく横を見る。
 ばっちりと目があった。

「大丈夫?」
「シャー芯忘れたー。終わった……」
「いやあきらめ早ない? 芯くらいあげるやん」
「うそ〜〜やさし〜〜」

 大げさに感謝すると小さい忍足くんは楽しそうに笑った。笑顔がとっても無邪気だ。あれ、でも昔観たアニメでも中学生か。ずいぶん成長するなこの子。
 ついでにお話しすると、現在私の目の前の風景は、すごく出来のよいアニメポリゴンという風の世界観である。偽物っぽい違和感ないんだけど実写ではない感じ。目に慣れるまでは現実味がない。

(えっ!? じゃあ私もアニメに!?)

 やばいテンション上がってきた。
 今すぐトイレに行って鏡に作画を見に行きたかったが、流石に芯を借りた直後のトイレは脈絡がなさすぎる。中学って勝手にトイレに行っていいんだっけ。
 まだ微妙に体の向きがこっちにあるミニ忍足くんを捕まえ、ちょっと興奮ぎみに聞いた。

「忍足くん忍足くん」
「どしたん」
「急やねんけど、私さあ、どう見える?」
「どうって言われても!」
「主に顔を客観的に」
「ええ〜、ふつうに可愛いんちゃう?」
「へっへっへ、なるほどね、ありがとう」

 可愛いですって奥さん、天下の忍足侑士が。いやこの子優しいから気を使われている可能性もあるが、嘘をつくのが憚られるほどのブスではないということだろう。
 これは、あれだ。
 失った青春を取り戻すチャンスかもしれない。失うほどの青春があったかと言われたらそんなことはなかったような気もするけど。いやこれについては悲しくなるから考えるのはやめよう。

 ―――キーンコーン……

 授業が終わった。
 全然身が入っていなかったが、とりあえず板書は写しておいた。第二の学生生活はじめてのノートは綺麗にとっておこう。忍足くんありがとう。トイレ行ってきます。







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