10月になった。
 氷帝は相変わらず行事が目白押しだ。運動会に修学旅行……学園モノとしてはかなりメインの青春イベントといえるが、語り出すとまた話が長くなるので去年と同じく割愛する。
 運動会の応援合戦で忍足くんがなぜか闘牛を披露するエピソードをうまく料理する手腕は私にはない。ドイツはまたソーセージが美味く、そしてノイシュヴァンシュタイン城で心を慰めてもやはりビールが恋しかった。

 で、私はというと。
 図書委員の当番をやったり、朋ちゃんたち遊んだり、夕飯作ったりの用事以外は基本的に暇人だ。暇しているといろいろ悩みそうになるので、次の期末試験のために勉強したり、学内に張り出された公募ポスター用の作品を描く予定を立ててみたりした。
 こういうことをしていると部員がやや寂しい美術部から「途中入部歓迎!」とプッシュされたりするのだが、今のところ家事を理由にやんわりと断っている。

 忍足くんとは、うん、普通にしている。ちょっと授業中目が合う回数は増えたかも。などと思っていたのは私だけらしく、草野球からの土日明けで速攻友達に指摘されたのには腰を抜かすほどビビった。鋭すぎではないのか。

「忍足くんとなんかあったの?」
「え!?なんで!?」
「最近スキンシップしてないじゃん?前は廊下で小躍りとかしてたのに」

 私そんなことしてたっけ!??
 してたわ。よくそんな大胆な接触が出来たな。マジであの時期までは忍足くんをそういう意味で特別視はしてなかったんだよ、顔も今みたいにキラキラして見えてなかったし。
 しかし特に告白をしたされたなどの進展があったかといえばそうでなく、事実だけ見ると子供に混じって野球してアイス食べただけだ。恥ずかしいのでゲハハとかガハハとか魔王笑いと山賊笑いでごまかした。多分バレてるとは思う。


 放課後の教室。
 予習と復習を終わらせたノートを閉じ、伸びかけの髪をヘアゴムで簡単にまとめる。家だと誘惑が多くてはかどらないので、ポスター制作は授業後の時間を使ってちまちまと進めていた。
 空はまだ明るく、話し声は遠い。
 ちなみに公募ポスターのテーマは「世界平和」……ふんわりしているが自由度は高い。四つ切ほどのパネルには紙が既に水張り済みだ。用意したのはアクリルガッシュ。授業用に購入するのは水彩とかポスターカラーとかが多いが、私はポスターならアクリル系が好き。

「占ってよ〜♪ふふふーん……♪」

 鼻歌とも歌とも言えないレベルで歌を口ずさみながら、下書きを終えたパネルを平置きする。チューブをパレットに絞って、筆を水で湿らせ、色を混ぜる。そして別の筆で塗る範囲に水を薄く張り、その上に絵の具を乗せる。こうするとムラなく塗ることができるのだ。
 アクリルガッシュは薄く溶かせば水彩のようにも描けるし、それなりに濃く塗って乾かせば色も溶けなくなる。対してアクリル絵具はもっと透明度が高く、水彩はさらに高く、ポスターカラーはほぼ不透明。ちなみにアクリルガッシュにはメディウムというさまざまな特殊効果を出せる塗料があってーーーいや販売元の回しものじゃないんだけど。

「………」

 やがて歌も止み、もくもく色を塗っていく。締め切った窓からは風も吹かない。ただひたすら筆を進める。こうして一枚の絵に没頭して、まわりの音が全部止まったようになる瞬間が好きだ。
 とりあえず一番難しい大きな範囲の色をきれいに塗り終え、筆洗にカランと筆を入れる。止まっていた息が戻る。乾くまで休憩だ、と思ったら、いつのまにか横に忍足くんがいた。

「おああ!?」
「あ、やっぱり気付いてなかったんや」
「びっ………くりしたあ!」
「どうもどうも」

 忍足くんがおじさんみたいな拝み手で隣に座る。なんでも今日はコート整備の都合で使えないので、代わりに水曜日が部活になるらしい。で、下から私がいるのを見つけて戻ってきたというわけだ。
 いやだ、照れるじゃないのよ。

「見とってもええ?」
「いいけど、私描いてるとき黙ると思うで」
「ええねんそれで」

 忍足くんは椅子の背に両腕をかけて、ちょっと目を細めて笑った。人が作業してるところを見るのが好きだという。分からなくもない。絵をあまり描かない人にとっては物珍しいかもしれないし。
 最初こそすこし緊張したが、躊躇っているとパレットの絵の具まで乾いてしまう。私はすぐに視線を紙に落とし、また作業に没入した。忍足くんは何が楽しいのか、ただじっと私のほうを見ていた。







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