7月も半ばになった。
 運動部は基本的に毎日あるものだと思っていたのだが、氷帝男子テニス部は水曜日がお休みらしい。夏休みにそろそろ入ろうという時期、たまたま忍足くんと一緒に帰ることになった。駅に用事があったのである。
 今更私たちが帰りを共にしようが気にするクラスメイトもおらず、今日も仲がいいなあみたいな顔で見送られた。

 さて、駅についた私は忍足くんが向かう線の途中、壁に貼ってあるポスターに気付いた。私はすかさず歩いている忍足君の袖をはっしと掴んで足を止める。

「このへんって花火大会あんの!?」
「そうなん?神社あったんやな」
「えー!知らんかった!いいな〜めっちゃチョコバナナ食べたい!」
「色気より食い気やな」
「忍足くん行かへん?一緒に行こうや〜」
「別にええで」
「やったー!」

 両手をあげて大げさに喜ぶと、彼ははしょうがなさそうに笑った。浴衣どんなんにしよかな、などと話しながら電車に乗る忍足くんを見送り―――盛大にガッツポーズをキメた。

「っしゃあ!!」

 ちゃんと小声ですよ。
 いや……自然……!かなり自然な流れ……!色気より食い気?いや完全に色気づいてるよ!
 この作戦はみっちゃんマコちゃんによりプロデュースだったのだが、自他共に嘘が下手な私でも無理のない完璧な流れだった。非常に自然に夏祭りデートに誘うことができたといえるのではなかろうか。持つべきものは恋バナが得意な友だちだ。

 女子会メンツで出した結論は「忍足くんのほうから告白されるまでさりげなくアプローチする」だった。要は私が悩んでもラチがあかないので、いっそ忍足くんに選んでもらうというわけだ。
 確かにアプローチして反応がなければ"脈なし"と判断してそっと諦めればいいし、流石にそれまでに気持ちの整理だってついているだろうし、気まずい関係にならなくても済む。聞いたときは妙案すぎて「天才か!!」と膝を叩いたほどだ。 
 
(私、もしかして演技派なのでは……?)

 いやお祭りに誘いたかったのは本当だしそれがダダ漏れだっただけだな。忍足くんと夏休み会えないの普通に寂しいし。
 ともかくみっちゃんマコちゃんに作戦成功の報告メールをしたあと駅を見渡した。私の家は学校からかなり近い。母親があんな私立を選んだのも家からの距離で選んだ可能性が高かった。よって、本当はない用事をひねり出すために構内をウロウロするはめになるのであった。


-----------


 夏休みがはじまった。
 学校に行かない時間を何にあてていたかというと、雑誌やら友達やら母親やらに教えを乞うて、ともかく見た目を磨くことにした。宿題?知りませんね。
 具体的には運動したりしつつ、肌やら髪やらを綺麗にするために色々やった。流石に十代なので体力はあるぶん、思春期なので肌が荒れやすいぶん食事には気を遣っているつもりだったが、もう超野菜食べてよく寝た。私は直近の目的のためにはそこそこストイックになれるほうなのだ。

 ちなみに浴衣は母親に土下座して一式買ってもらった。家にあるタオルと前のハンカチどっちが本命なんだと詰められたがタオルに決まっている。どこの中学生がブランドもののハンカチ持ってんだ!(※跡部くん除く)


 そんなこんなで迎えた当日。 
 身だしなみは家で嫌というほどチェックし、家族にも太鼓判を押された格好で待ち合わせ場所の駅に着く。携帯を開くと時間は少し早いくらいだろうか。

「きりちゃん?」
「えっ」

 振り返ったら目がつぶれた。
 えっいや待って心の準備できてなかった。そうだ私が浴衣であるということは相手もまた然り。忍足くんは紺に細い白の縞模様の入った、シンプルな浴衣で颯爽と現れた。背が高い。しかも後ろ髪結んでる。こ、こなれてる!カッコいい!
 予想外の出で立ちに心臓がひっくり返りそうになりながらなんとか返事を返すが、まったく動揺は隠しきれない。

「おっ おし……たりくん誰かと思った!」
「そういえば制服以外で会うの、お互い初めてやな」
「あ!そうそう、どう?今年初浴衣!」
「いや……めっちゃ可愛いと思うで」

 やばい、思いのほか褒められてる。
 浴衣に悩みに悩んだ私は、最後は恥を捨てて兄に「男の子的に可愛い浴衣ってどんなん?」と雑誌を見せて選んだ。白地に水色やら黄緑やらオレンジの花がパステルカラーで入った、なんとも素直に可愛い浴衣だ。
 髪の毛は残念ながらアップにするほど長さがなかったので、前髪を編み込んで髪飾りで留めている。そう、恥ずかしいほどの女の子ルックなのである。でも着てきてよかった。ホントに良かった。恥はかき捨てるもの!

「そんなに!?やったー! ていうか忍足くんなんか着慣れてる?カッコいいやん」
「俺はほら、生まれつき伊達男やから」
「ヨッ氷帝の独眼竜!」
「いやいや褒めすぎやってそんな、伊達政宗ばりの美男子やなんて」
「そこまでは言うてへん」

 いつも通りに喋りながら、一気に足取りが軽くなるのを感じた。カラコロと浮かれた下駄の音を連れあいに、盛況の神社へたどり着く。
 境内は提灯に照らされて昼間のように明るく、小さな子のはしゃぐ声や威勢のいい呼び声が聞こえてくる。私はわくわくした気持ちを抑えきれず、笑顔で忍足くんを振り返った。

「まず何食べる!?」
「あっやっぱり食べ歩きなんや」
「ごめんせっかくの夏祭りやねんけど、たこ焼きとチョコバナナとかき氷は絶対食べたいやん。私もうお母さんに『夕飯いりません』宣言してるから」
「いやめっちゃ食べるやん!」

 そこらじゅうに漂う美味しそうなにおいに、女の子らしさアピールを速攻で諦めてしまった。まあ忍足くんも笑ってるし別にいいだろう。
 私たちは屋台の誘惑に負けつつ、射的でしょうもない景品を手に入れたり、スーパーボールすくいで勝負したり、水風船高速バウンド大会を二人で開催してみたり、とにかくはしゃぎまわった。ちなみに忍足くんの水風船はテニスで鍛えられた握力に耐え切れず息を引き取ったので、腰が砕けて立てなくなるほど笑った。

「あーっ、忍足くんや」
「なんですか桐子さんや」
「慣れへん下駄で足が悲鳴あげてる……どっか座らん?」
「それ言おかなと思ってた」

 二人して石畳にコンコンと下駄の歯をぶつけ、笑いながら神社の階段のほうへ歩いていく。辺りはすっかり暗く、オレンジ色の明かりが祭りを照らしていた。花火が上がるまで、あと数十分だ。







×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -