時期は初夏だろうか。並木の若葉が緑色に輝き、空の青と相まって美しい。さらさらと流れていく風にブレザーのスカートが揺れる。真新しい制服。たぶん中学か高校のもの。

 あまりに身近で覚えのある夢は夢の中で疑問に思わないように、起きてからの数時間は何も感じなかった。

 朝起きたら実家の自室で起きて、母親が朝食を作ったあと出勤して、私はそれを食べて着替えて用意して家を出た。
 曲がりなりにも大学を卒業して就職とともに一人暮らしを始めている身でいったいどうして―――というところまで至るに登校までかかってしまった。正直まだ頭がボーッとしている。寝起きが悪いほうがじゃないはずなのだが。


 学校に到着する。
 綺麗な学校だ。生徒の数からしてまだ少し早い時間なのかもしれない。中学校って何時が始業だっただろうか。ていうかどこに行けばいいんだっけ。

「いや、知らん学校やこれ」

 見覚えゼロ。
 広さは通っていた学校と同じくらいだがそれは田舎で土地が余っているからだ。ピカピカの校舎に整えられた並木道、お金のかけ方が明らかに公立ではない。
 分からないことは分かる人に尋ねるべきか、と渡り廊下を通る先生らしき人影に声をかける。派手な背広と首元にスカーフをした教師……きょう……し……?

「すいません、職員室ってどこですか?」
「ん? ああ、伊丹さんだね」

 心の戸惑いに口が付いていかず、普通に話しかけたら普通に返事が返ってきた。ということは教師なんだろう、うん。
 日本ではあまりお目にかかれないタイプの男性教師―――サカキ先生に呼ばれた「伊丹」という名字を噛み締めながら、笑顔でうなずいておく。紛れもなく私の名字で、教師はそれを知っている。ならわざわざ掘り返すのはなんとなく"得策でない"と思った。

(制服可愛いなー、ここ)

 ブラウン系にまとめられたブレザーは、紺一色の母校とはデザイン上でだいぶ違いがある。通りすがり先生に挨拶をする生徒を眺めながら、朝からの現実逃避を続行した。


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「関西から来ました、伊丹桐子です。こっちのこと全然分からんし、めっちゃ方言丸出しやけど、助けてもらう気満々やからよろしく!」

 あはは、と軽く笑いが起こる。
 朝のHRでは、無邪気な子供たちが一段上の私をじっと見上げている。こういうとき緊張しない性質でよかった。関西弁の私にわくわくして目を輝かせていたり、隣の席の子と何やら相談していたり、おおむね歓迎されている雰囲気だ。
 さて担任教師から聞き出せた情報は以下である。

 1.私の名前と出身はそのまま
 2.ここはヒョウテイ学園中等部
 3.伊丹桐子は1年の転校生
 
 うちの経済状況で娘を私立に通わせられるとは驚きだが、奨学生とかじゃないことを切に願うしかない。中学生ならまだ学力的な心配はないけど、こんな夢の中でまでお金の心配はしたくない。
 暖かな拍手のあと、後ろの空いている席に案内される。窓際の端の席。隣はひとりだけ。今日はいろいろお世話になるだろうから挨拶をしておこうと、隣の子に声をかけた。

「よろしくー、名前聞いていい?」
「ん、忍足侑士。よろしく」
「ん? あー あーあーあー……?」
「え?」

 ちょっと長い黒髪。丸眼鏡。背が高いから後ろの席に座っているのだろうか。首を傾げる顔は他の子より大人びているがまだあどけない。
 オシタリユウシ。
 ヒョウテイ学園。
 頭のなかで漢字変換を放棄していた部分が切り替わる。忍足侑士。氷帝学園中等部。自分が身にまとっている中学の制服。曖昧な記憶と予感が、全身を打って膝から崩れ落ちかける。

「関西弁や!」
「ああ、小学校大阪やねん」

 でも座ってたからセーフです。
 いろいろと過ぎ去った可能性が喉まで出かかって、なんとか食い止めたあと笑って答える。大人だからね。考えてることと別のこと言えるんだ。
 一言二言話したあと、一限目がはじまる。国語の教科書は持っていたみたいで助かった。アレか、そういうことね。なるほどね。テニプリだよね。何でもない顔を保ったまま新しいノートの表紙に名前を書く。

 伊丹桐子。1年D組2番。気付いたら中学生に戻ってました。よろしくお願いします。


(ていうかあれ榊太郎やったんかーい)



 






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