その日の中休み。
 階段を降りて一年の教室へ行く。氷帝は学年によってリボンの色が違うとかはないので普通に紛れ込めはするのだが、やはりチラチラ視線を集めている気がしてなんとなく落ち着かなかった。
 目当ての教室を開けると、近くにいた女の子とぱっと目があう。なんとなく人懐こそうなその子に、ドアに手をかけたまま困った感じで笑って尋ねる。

「ごめん、委員会関係なんだけど、鳳くんてこのクラスであってる?」
「あ、鳳くん?あそこだよ!」
「ありがと〜っ」

 指さされた方向には席に座ってなにかプリントを眺めている男の子がいる。とても一年生とは思えないほど背が高い。忍足くんより大きい。それにあの跡部くんよりもずっと色素の薄い髪の色が頭一つ二つぶん飛び出ていて、遠目でもかなり目立っていた。
 この流れ、席までズカズカ歩いて行って机に勢いよく手をついたあと「面貸しな」と外をクイッと親指で示すのがセオリーか……などと思いつつ、普通に声をかける。

「鳳くん?」
「あっ、はい」
「ごめん急に。えーっと、宍戸くんから聞いて来たんだけど、交流会のポスターの件で」
「ああっ!伊丹先輩!」

 でっかい彼がでっかい声で言ったので注目度もひとしお。笑った顔が引きつりそうになりながら、微妙に椅子から立ち上がった彼を手で制す。体育会系のノリだな。そういえばテニス部か。
 集まった視線を「どうもお騒がせしましてアハハ」と無理やり誤魔化しながら、ファイルに挟んでおいたルーズリーフ紙を取り出して彼に手渡す。

「色々聞きたいことあったからまとめて渡すね。分かんなかったら担当の先生とかに聞いてもらえたりする?」
「すみません、ありがとうございます。担当は榊先生なので、お伝えしますね」

 うわ〜育ちがいいな〜。お伝えしますなんて勤めはじめてからしか言ったことない。鳳くんは恐縮したように大きな体を縮こまらせ、丁寧に紙を自分のファイルにしまった。内容はサイズとか期日とか、画材はどうするのかとか。ていうか担当榊先生なの。ほんと色々やってるなあの人。
 一応伝えたいことは伝えたのだが、鳳くんが何やらそわそわしながら何か聞きたげな様子で見つめてくるので、なんとなく距離を詰めて首を傾げる。

「あの、伊丹先輩って、忍足さんの彼女なんですよねっ」

 そこ今デリケートだからァ!
 聞きなれた質問が今は刺さる。複雑な気持ちが胸中をせめぎ合うが、可愛い後輩のキラキラ期待に輝く大型犬のような目を見ていると「いやー違う違う!」と反射的に返すタイミングも失ってしまった。
 やばい、早くなんか言わなきゃ不自然な感じになる。照れればいいのか笑えばいいのか怒ればいいのかどれが正解だ。一瞬で頭を駆け巡った返答パターンのうち、返したのは以下のとおり。

「どうやろなあ」
「えーっ!!」
「えー」

 何含み持たせてんねん!!アホ!!
 口に出した瞬間にめちゃくちゃ後悔しても後に立たない。なんつー浅ましい。どうにかなりたいのかこの期に及んで。何もしないって決めたでしょ!
 ところで返した瞬間におあずけを食らった犬みたいな顔をする鳳くんはともかく、周りから微妙に声が上がったのはどういうことだ。振り返るとクラスの一年生たちがざーっと目を逸らす。再び襲ってくる後悔の嵐。

「ま、まあ、そーゆーことで!」

 逃げるように鳳くんのクラスを後にし、小さな落胆を背に一気に階段を駆け上がる。やっちまった。変な噂になったらどうしよう。気まずい感じになってしまう。まったくピアノの弾ける生徒と絵の描ける生徒は各クラスに振り分けるなんて話もあるが、なんでクラスの子に頼んでくれなかったんだ。
 部活もなくて暇してるからか。
 氷帝は文武両道の学校。なんらかの部活に入っている生徒が大半だ。ちなみに私は母親のいない間家事をするから、という理由で部活は避け続けている。よって帰宅部なのだ。

「あれ、きりちゃん」

 エマージェンシー!
 階段の踊り場で高い影に出くわす。噂をすれば。キラキラッと何か眩しいものが走った気がするが、忍足くんの眼鏡が反射しただけだと信じたい。目の前がチカチカしながらなんとか返事を絞り出した。

「おっ!!したりくんヤッホー」
「ああ、鳳のとこ行っとったんか」
「そうそう。忍足くんは?」
「図書館行ってた」
「あーなるほどね」

 何もこんなタイミングでボーイミーツガールしなくてもいいじゃないロマンスの神様この人でしょうか。やかましいわ。見つめ合うと素直におしゃべりできなくなったら終わりなんだよ頼むよ神様。表面上は普通に話せるくらいに会話術を鍛えておいて正解でしたよ!

「何借りたん?」
「よしもとばななの短編集」
「あーそれ読んだことないー」
「面白かったら教えるわ」
「読む読むー」

 他愛のない話をしていたらやっと熱暴走が落ち着いてきて、ついでに今年は自分が図書委員だったことも思い出した。委員会に出席したっきり特になにもやってなかったが、そろそろ放課後の受付担当の時期だった気がする。忍足くんは放課後すぐに部活にいくので、中休みに本を借りにいくらしい。
 話ながら並んで教室へ向かう。

 ―――その後、中休み担当の子と放課後の当番を「放課後に頼まれごとするから」と交代してもらったのだが、下心がなかったといえばウソになる。







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