関東はもう梅雨入りしたらしい。
 日曜の夜から朝までぱらぱらと雨が降っていたが、三限目になって厚い雨雲の隙間からわずかに太陽が顔をのぞかせている。校舎は冷房が効いて少し寒いくらいだったので、晴れるのは嬉しかった。
 雨はいいことがない。傘持って行かないといけないし、濡れるし、髪の毛は微妙にまとまらないし、傘がいるし。とにかく傘を持つのが嫌いなのだ。忍足くんも最近は室内練習ばかりで体が鈍ると不満げだった。

 そう、忍足くん。私は運良くまた窓際で、彼は一個挟んでナナメ前だ。少し離れてしまった席は、横顔と後ろ頭はよく見えても話をできる距離ではない。
 正直めちゃくちゃさみしい。
 忍足くんは真剣に数学を受けている。私は流石に問題をさくさくと解き終わって暇だったので観察タイムに入った。横顔はもう少年らしい丸みが取れている。一年でずいぶん背も伸びて大人びてしまった。眼鏡と前髪で少し隠れている目は、実はけっこう涼しく切れ上がっている。女の子にモテるのも無理もない。

(好みの顔じゃないねんけど)

 自分の顔に角の丸いパーツが多いから、シャープな顔が羨ましいのだと思う。なんていうか「できる」感じにみえるし。
 じーっと視線を注いでいると気付いてこっちを振り向くかと思ったが、残念ながら私も忍足くんにもテレパシーの才能はないらしかった。何なら隣の女の子と小声で話しはじめて、くすくすと聞こえないように笑っている。

(ダメかー、くっそー)

 不貞腐れてノートに顔を伏せる。数学の先生はおじいちゃん先生で、うるさくしない限りは寝ていようがわりと見逃してくれるので、落書き常習犯の私はこの授業が好きだった。数学は嫌いだけど。
 なんだか本当に寂しい。忍足くんが隣にいない席は退屈でたまらない。けれど「奇跡」はそうそう二度は起こらず、声も出さずに以心伝心なんてことはありえない。自分にとって特別な相手が、自分を特別に思っているとは限らないようにだ。

「…………」

 本格的に雨が止んで、窓ガラスからゆったりと陽射しが降りてくる。頭の裏が光を受けて暖かくて、本当に眠たくなってきた。息を吸い込むとノートの紙の匂いがして落ち着いてしまって、思わず目を閉じる。
 試合の日、追いかけてくれた声が。貸してくれたタオルが、被らされた帽子の感触が戻ってくる。他の人ならきっとこうはならない。不思議でしかたないが、あれがおそらく、きっかけのようなものだったのだと思う。

(忍足くんが好きだ……)

 たぶん、いちばん特別に好きだ。


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「居眠り犯!」
「わたしです」

 Q.好きな相手が休み時間席までやってきました。デキる大人のあなたならどうする?
 A.なにもできません。

 分かってはいたがたぶん恋の炎に我が身を焦がす、みたいなタイプじゃないのだ。何かを自覚したところで突然うまく喋れなくなるでもなし、別に何かを期待しているわけでもなし。
 だいたい私は忍足くんの彼女になりたいのか、それとも一番の親友になりたいのかすらよく分からない。つまり、傍目には完全に変化なしだ。

「ダイの大冒険もう一周したんやろ」
「なぜバレている? いや違うのよ、最終巻読んだら物語の始まりを見たくなるやん?!」
「永遠に終わらんやん」
「終わらせたくないねん、冒険を……!」

 自分でも不思議なくらい普通に話せている。まあ、よく考えたら好きだったわみたいな気づきだったので無理はない。もう見た目が好みドストライクで一目惚れみたいな状況だったら、もう少し乙女な反応ができたのだが。
 忍足くんとたわいのない会話をしながら鞄を漁り、朝から持っていたそれをお渡しする。ナイロン袋に入っているのは、借りっぱなしだったタオルだ。

「ほい、タオルありがと〜」
「あー、それな、もうちょっと貸しとくわ。そんで俺も借りとくから」
「なぜ!」

 さては私のガーゼタオルの味を占めたな。それか単純に持ってくるのが面倒なのか。まあ別にいいけど、と鞄のなかにもう一度仕舞うと、忍足くんはいつもの涼しい顔で頷いた。
 この子は一体どういうつもりなんだ。

「忍足くんてさあ、好きな子おらんの?」
「きりちゃんが……恋バナやて……!?」
「いやいや、私と漫画読破大会してタオル交換とかしてるから大丈夫なんかなって」
「それ自分には言われたくないねんけど」
「なんでよ!わかるけど!」

 心を決めかねているので、さりげなく忍足くんに決定を委ねて友情にシフトする作戦はあえなく失敗した。ちょっと横着しすぎたかもしれない。
 まあこういうふわふわした問題を抱えておくのも青春かもしれないので、大事にしておくことにしよう。などと思いつつ、好きな子は特に居なさそうな反応にはちゃっかり喜んでしまうのだった。









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