試合が終わってしまった。
 コートから六角の3年生が背を伸ばして出ていくのを見ながら、自分もゆっくりとコートを後にする。身体に渦巻いていた熱気が抜けていく瞬間が、いつも心地良いが名残惜しかった。
 ふと試合場横のベンチを見ると、いたはずのきりちゃんの姿がない。あれ、と首を傾げていると、一緒に座っていたクラスメイト二人が必死な顔で手招いている。何だなんだとタオル片手に近寄っていくと、かなりテンパった様子のわりに要件を簡潔に告げられた。

「忍足くんの試合終わった瞬間に!きりちゃんが!号泣!そして逃走!水飲み場!」
「何で?!」
「わかんないけど!どうしようっ!?」
「あー、分かった分かった、俺が行くわ。跡部の試合観に来たんやろ?」

 慌てて立ち上がっている二人を制して座らせ、そのまま手洗い場へと足を進める。彼女たちはだいぶこっちを気にしていたが、気にするなと手を振るとやっとコートに顔を向けた。
 後ろで歓声が聞こえる。六角の部長と氷帝の部長対決。跡部の試合が始まる。



 水飲み場はちょうど交友棟の半分中に入っている。声援も遠い日陰。強い日差しを避けたような端で、女の子がタイルに手をついて息を整えていた。
 ゆっくり歩いて近づいても反応がないので、彼女が被っているキャップのつばを持って外したら、ぱさりと髪が落ちる。

「あっ」
「きりちゃん」
「おしっ、あっ、あかん待って今顔見たらまた泣く」
「なんで泣いてんの?」
「なんでやろ……」

 帽子を持ったまま一歩下がると、取り返したいのかつられたように日向に出てきた。いつも明るく輝いてる眼が、真っ赤に潤んで揺らめいている。きりちゃんはぐっと唇を噛んで息を止めようとしたらしく、結局失敗して、ぽろぽろと子供みたいに泣いてしまった。
 わかっていたのにぎくりとする。
 学校で会うときはたいてい笑顔で楽しいことばかりだったので、泣き顔なんて見たのは初めてだ。そして泣いている女の子の泣き止ませ方なんてものは、まったく分からなかった。

「おめでと〜、よかった〜」
 
 だから情けない声にホッとする。
 どうやら彼女は、悲しいとかショックを受けたとかそういった理由で泣いているわけではないらしかった。感極まったような、安心したような、そんな分かりやすい顔をしている。試合で感涙されたのも初めてだったので、照れくさくて思わず笑って茶化してしまった。

「うれし涙なん?それ」
「たぶん、わからん、けど、あかんむり!」

 キャップを取り戻すのは諦めたのか、きりちゃんは蛇口をひねって水で顔を洗いはじめた。勢いがよすぎて髪までびちゃびちゃになっているがお構いなしといった様子だった。おしとやかさのカケラもない姿に、しゃあない子やな、と笑ってしまう。

「はいはいタオルですよ〜」
「ううっ、気が利くっ」

 片手に持っていた青いスポーツタオルを手渡すと、きりちゃんは目を瞑ったまま反射的に受け取って顔を拭いた。だいぶ落ち着いた呼吸になったあと、ハッとしたようにこっちを見る。

「拭いちゃったやん!汗ふいた?」
「まだキレイやで」
「そうじゃなくて……あ、待って、わたし持ってるから!」

 足元に置かれたリュックから、小さく畳まれたタオルが出てくる。はい、と手渡されたふわふわしたガーゼ地のフェイスタオルは、隣に水筒でもあったのかひんやり冷えていた。
 黄色のストライプ。自分が持つにはちょっと可愛すぎるが、まあいいかと乾きはじめた汗を拭う。

「ごめん、テニス部まだ試合やってる?よね。なんかありがと」
「ええよ、のんびり戻るわ。どうせ跡部が勝ってるしな」
「信頼してるねえ〜」

 きりちゃんがすっきりした表情で笑った。本当に普段は泣くどころか不機嫌なそぶりすら見せないのに、一体何をそんなに感動したのか。それが自分の試合だと思うと、どうにもくすぐったいような気持ちになった。
 コートからは聞きなれた歓声が聞こえる。跡部はあいかわらず華やかな試合をしているのだろう。少し傾いた太陽を横目に、ずっと持っていたキャップを彼女の頭に返した。


 ―――なお日曜日、漫画の読破大会をしたときもわりと号泣していたので、きりちゃんは単純に涙もろいのかもしれない。オチをつけんでいい、オチを。








×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -