季節は初夏。
 氷帝が転校してきてからちょうど1年ほど経っただろうか。強くなりつつある陽射しが、枝についた新緑を青々と艶めかせる。去年より一階分高くなった教室の窓から眺める校庭はいつも綺麗だ。
 社会人と中学生、色々と齟齬が生まれるかと思いきやそんなこともない。だいたいの大人は、自分の歳の大人をもっと成熟した人間だと思っていたものだ。ようは精神年齢が中学時代からあんまり変わってない。元の生活にそれほど不満だったわけじゃないが、なんなら毎日前より楽しい。

「何センチな顔してんの」
「ウソ、そんな顔してた?」
「してた。乙女っぽい顔」
「毎日楽しいなあって思ってたねん、乙女やから」
「いや小学生か」

 今日も忍足くんは冴えている。
 席が変わってから前ほど頻繁じゃなかったが、普通に席を行き来して喋るのが恒例になりつつあった。家に帰ってからのメールとかを含めると前とあまり変わらないかもしれない。
 衣替えの季節だからか、彼は時間によってジャケットを脱いだり着たりしてて落ち着かない。どんどん背も伸びるからか成長痛も酷いらしく、忙しそうで可哀想だがちょっと面白かった。

「そういえば今度試合すんねん」
「おお、テニス試合?えっと、ダブルスやっけ?」
「今回はシングルスだけ。六角っていう千葉の中学と練習試合」
「ロッカク」

 なんかこう、カドの多そうな名前だ。たぶん聞いたことがあると思うのだが、正直あまり覚えてない。私が知ってるのは青春学園と氷帝と、何だっけ……なんかカタカナのところと………立海だ!強いところ!
 テニスの王子様なのに知識が悲しいほどおぼろげなせいで、中学生活で強くてニューゲームができるのは本当に勉強面だけだ。悲しい。

「千葉の学校じゃ分からんなー。シングルス頑張れ!」
「なんや、来てくれたらええのに」
「えっ!」

 思わず大きい声が出てしまった。
 忍足くんがテニス部なのは当然知ってるし、レギュラーで頑張っているのももちろん知っているが、テニスの話を本格的に聞いたことはほとんどない。見学者で賑わっているコートの横を通り帰宅するのが常だった。
 それについて特に触れられたこともなかったので、なんというか「バイトしてるところを友達に見られたくない」みたいな感覚かなと勝手に思っていたのだ。だから驚いてしまった。

「そういうの、立ち入られたら嫌かなと思ってたわ」
「きりちゃんやったら別にええよ」
「たーーッ!そういうこと言うー!」

 さらっと返されて照れてしまう。
 単純な中学生ハートが「よーしパパ応援行っちゃうぞー!」とすぐに返事をしそうになったが、脳内のスケジュール管理班がストップをかけた。

「行きたいけど何曜日?日曜やったら無理やねん」
「あーどっか行くん?」
「いや出かけるわけじゃないねんけどさ、好きな本の全巻セットが日曜の午前中に届くのよ。どーしても一気読みしたいねん私」

 用事の内容から察していただけるとおり、私は生粋のインドア派。必要がない限り外には出かけたくないし、ぶっちゃけて言うとスポーツ観戦には興味があまりない。かといって忍足くんの試合だけちょろっと観て帰るのもなんか失礼な気がするし。
 スポーツ観戦云々のくだりはさておき正直に伝えると、忍足くんが微妙な表情で曖昧に頷いてみせる。「そんなん後でもいいやろ」と「気持ちは分かる」が混じっている表情とみた。

「たぶん土曜日やと思うけど、ちゃんと日程決まったら教えるわ」
「おー!土曜日やったら行く!」
「おおきに。で、何の本頼んだん?」
「ダイの大冒険って漫画。めっちゃ好きやねん、超名作」
「俺も読みたい」
「ほんまに?!いいよ、読破大会しよ!」

 意外な反応に声が弾む。自分の好きなものに興味を示してもらえるのは嬉しいものだ。忍足くんは眼鏡のせいでインテリ系に見えるが、実はバリバリのテニス部レギュラーだし、そうかと思えば読書好きだが、口を開けば関西弁というギャップの塊みたいなキャラである。
 そうだ、テニス部。小学校からずっと続けているということは、やっぱり好きでやっているんだろう。そう考えると急に興味が湧いてきて、今更ながら彼に問いかける。

「忍足くんてテニスのどこが好きなん?」
「急な質問やな」
「いや、授業でしかやったことないからさ。わたしはコートに一人って緊張して全然あかんかったけど、ずっとやってるから楽しいんやろなって」
「まあ、楽しいで。俺は試合すんのが好きやな」
「そうなんや」
「試合っていうか、試合中の雰囲気がな。ボールに集中して全神経使って打ってるんが、ずっとここにおりたいってくらい好きやねん。そら、勝ったら嬉しいけど」

 忍足くんは楽しそうに嬉しそうに、質問に答えてくれた。話を聞いてなんとなく理解する。本にしてもテニスにしても、その世界に集中して没入するのが好きなのかもしれない。彼もある意味、自分だけの独特の世界観みたいなものを持っている人だから。
 私は競争したり、真剣勝負をするのが苦手だ。そういうことに縁がなかった人生でもある。だから忍足くんの口から語られるテニスの話は、とても新鮮で楽しい。で、最後のはちょっとカッコつけてるなと思ったりもした。

「土曜日楽しみになってきた」
「まだ分からんで」
「うん、でも楽しみ!」

 だって忍足くん負けず嫌いやし。












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