ライブラに所属する人間はそれぞれ何かしらの事情を抱えているが、今度の新入りはとびきりの訳ありだ。古代に失われた絶滅種「ジェマ」―――宝石を核に持つ魔術師。その容姿は際立って端麗だ。そして何より若い女の子ということで、なし崩しにザップに任せるのもいかがなものかという話になり、新人アレクサンドル・キャッツの世話係は経験豊富で乗り気のK.Kに一任されることになった。
 とはいえこのヘルサレムズ・ロットで、あのホテル・カリフォルニアを筆頭に数多の商業を一人でこなしていた彼女に今さら世話係など必要だろうか。HLに飛び込んできた家出娘でもあるまいし―――と、考えていたのは最初だけだった。

「おはよーアレクっち!ところで質問なんだけど、そのドレスってなにかこだわりがあるの?」
「(アレクっち……)ええと、生家では私くらいの歳の子はみんなこういうドレスだったから……もしかして変?」
「え」
「仕事はほとんど家から出なくて、必要なものは配達を頼んでたから、この街のこと実はぜんぜん詳しくないの。本で読んだり来た人から聞いたりはしてるんだけど」
「えええ」

 襟まできっちりと閉められた長袖のクラシックな黒いドレスを着たアレクサンドルがあっさりと言ってのけた言葉に、K.Kは呆気にとられる。それでも経営が成り立っていたこともすごいと思うが、下手な田舎娘よりも世間知らずかもしれない。HLでもゴスロリというファッションは存在するが、彼女の装いはそれらとも明らかに毛色が違う。まるで西洋絵画の額縁から出てきたよう雰囲気だ。
 ホテル・カリフォルニアが完全倒壊して三日。病衣のまま事務所に連れられたアレクサンドルはあれよあれよという間にライブラの一員となり、HLでは比較的安全なホテルに―――ホテルから転がりこんだのがホテルというのも皮肉だが―――暫く滞在している。経済的には困っていないようだが、建物がなくなったのに服や生活用品はどうしているのか。

「ええと、そうねえ。アレクっちくらいの歳の子だと中央のショッピングモールとかがいいかしら。ザップったらカジュアルな服ばっかりじゃ仕方ないわよねえ」
「あれ、今は洗濯してて」
「じゃあ今日は仕事にも使える服、探しに行きましょうか。そのドレスも似合ってるけどねー」
「うん」

 整った容姿というのは交渉ごとを有利にする。K.Kとて異性相手にそれを実感することは多いが、美しい顔というのはあるレベルを越えると男女を問わないなと、アレクサンドルを見ていて思う。こうも綺麗な女の子が自分の言葉に素直に頷く姿というのは、やんちゃ盛りの息子とは違っていてなかなかいい。ザップを押しのけて世話役を名乗り出た甲斐があるというものだ。
 彼女と連れ立って街中を歩くとさぞ人目をひくかと思いきや、意外にもそうではない。街ゆく男の視線はスタイリッシュなK.Kに吸い込まれていくばかりで、隣を歩くアレクサンドルなどまるで居ないかのような反応をする。

「アレクサンドル、もしかして使ってる?」
「あ」

 図星、という表情だ。
 別に隠していたわけではなく、日常的に使っていて忘れていたらしい。このいわゆる人目を避けるための魔術はアレクサンドルを極端に目立たなくする作用があるようで、そういえば道を通り過ぎる人間や異形たちは彼女が目の前にいても避けようとする素振りを見せない。曰く、通行人とぶつかりかけることが多くなるのが難点らしい。
 確かに便利だ。この一歩路地を歩けばトラブルと鉢合わせるような街では効果的な自衛手段といえるだろう。しかし、とK.Kは眉根を寄せて難しい顔をする。アレクサンドルのような今が盛りと咲き誇る乙女が、姿を隠して大通りを歩かねばならないだなんて、控えめにいってもかなりもったいない。

「アレクっち!」
「はい」
「それ今日禁止ね。ていうか私と一緒に歩いてるときはNGだから」
「えっ え?なんで?」
「こんな可愛い女の子とデート中なのよってこと自慢しながら歩きたいじゃない」

 K.Kのあっけらかんとした歯に衣着せぬ物言いに、アレクサンドルは一瞬ぽかんと口を開けたあと可笑しそうに小さく笑う。K.Kは長身で隙のない美貌を持っており、その雰囲気だけでも滅多な男は近寄れない。さらに大抵の人類は彼女よりも脆弱だ。確かにK.Kと並んで歩くときはめくらましは必要がないかもしれなかった。
 アレクサンドルは一呼吸置いたあと、瞳を閉じてパンプスの踵を石畳に打ち鳴らす。カツン、という小気味いい音が響いたと同時、すれ違った若い男の数人が目を見開いて立ち止まった。アレクサンドルは隣を歩くK.Kを堂々と振り返り、腕をバレリーナのように伸ばして微笑む。

「どうぞ、見せびらかして」
「素敵

 ブロンドの美女が二人、気取ったように腕を組んでHLのメインストリートを闊歩する。その目立つことこの上ない組み合わせは街中の男の視線を集めたが、誰も彼女たちの邪魔をできる者はいなかった。

 









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