香油の匂いがする。
 室内に集められたガラクタは実に百や二百ではない。旧時代の家具、カメラ、ティーセット、本棚に所せましと重なる無数の本。積み上げられた古い遺物の中に点々と置かれたオイルランプは、どれもこれも微妙に形が違う。独特の甘いような黴臭いような匂いが、部屋の壁紙まで染み着いていた。
 けれど広いベッドの上は不思議なほど清潔で、色も形もまちまちなクッションが並べられている。一際大きなクッションに頭を預けて眠るのが、このガラクタハウスでの彼の定位置だった。ここの主人は眠るのが遅い。それを待たずにさっさと寝てしまうのがザップの性格であったし、彼女もそれを咎めたことなど一度もなかった。

「…………あー」

 今は何時だろうか?
 これだけ物があるのに時計が見当たらないのは、何度来ても不便だと思う。枕元に置いた携帯で深夜であることを確認し、ザップは冴えてしまった己の目を恨んだ。彼の腰元のあたりに、シーツをくるりと巻き込んで丸まっている塊が、規則正しく上下に動いている。
 それが無性に腹立たしい。
 ザップは銀色の髪をかき乱したあと、シーツを掴んでやや乱暴に自分のほうへと引き寄せた。がくんと揺れた身体に彼女がふと頭を上げる。美しい顔。見せたのは一瞬で、また芋虫のように丸まろうとする。褐色の手がそれを許すまいと阻止し、細い顎を掴んで唇を合わせた。ランプの光に照らされて、彼女の輝く瞳がゆるく開く。

「……も、起きる時間ー?」
「まだだよ、バーカ」
「じゃ、なんで………」
「うるせえなあ」

 起き抜けによく動く口を再び塞いだ。何度も何度も唇を奪われて力を失い、くったりとザップの鍛えられた腕に寄りかかる。シーツからこぼれる黄金の巻き毛。軽い体重。まだ少女なのだから仕方がない。こんな子供に何をむきになっているのかと思わなくもなかったが、彼の表情は満足そうだった。
 同じベッドに身体を預けているからといって、二人は決して色っぽい関係ではない。女と見れば見境なく食い散らかすザップ・レンフロにとっては珍しく、この美しい少女の家はもっぱらただ横になるためか、たまに料理を口にするためだけの場所だった。
 そうして彼が先に寝てしまうと、彼女―――アレクサンドルは決まって数刻遅れてベッドに潜り込んでくる。添い寝するわけでもなく、開いているスペースに丸くなり、外界と自身を遮断するかのように眠りにつく。それが無性にザップの癪に障った。だから毎度毎度、こうして仕方なく手を引いてやることになるのだ。

「お前な」
「うん」
「人が横で寝てんのに、世界で自分が一人ぼっちみたいなツラで寝てんじゃねーよ」

 異界から来た目も口もない種族でもあるまいし。寂しいならそう言葉すればいいし、恋しいなら涙でも流して縋ればいいのだ。そうすればどうにでも"仕様"がある。けれどアレクサンドルは涙を流さないし、それを口にすることもない。だから"仕様"がない。
 唇に直接聞くのが一番だ。
 血の気の薄い瞼を閉じて、開いて、涙に沈んだような宝石が自分を見る瞬間は、愉悦と呼ぶべきものだろう。指先から血液を部屋に這わせ、遠くのランプからひとつ、またひとつと灯りを消していく。明るくて目が覚めるのだと、何度言えば分かるのだろうか。顔だけはホットな女。ザップは唇を歪める。罵ってやろうかとも思ったが。

「おやすみ、ザップ」
「………オヤスミ」

 心の底から安心したような顔で間抜けに微笑まれて、そんな気も失せる。最後のランプを消す。柔らかな暗闇の落ちた部屋で、すうすうと、寝息が聞こえる。ザップは右手でアレクサンドルの髪を撫でながら、こうして何度目かの体液を交換しあわない夜を漂った。
 香油の匂いがする。
 火を失った部屋は少し温度が下がったようだった。明日はオフなので目覚ましはしなくてもいいだろう。瞼を閉じる。腹立たしさはもうどこかへ消えてしまった。耳が痛いほどの静寂を共にする関係に、つける名前はまだもっていない。言ってしまえば、ただそれだけなのだ。



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