くよくよしていても事態が進まないので、初めに言われていたことをやることにした。兎にも角にも私の仕事は地道に「歴史修正主義者」という連中を潰していくことらしく、このままだと鈍刀になると嘆いていた清光に出陣してもらうこととなった。やっと役目を言い渡され喜んでいる彼を本丸から送り出し、屋敷にぽつんと一人残る。
 後は何をするんだっけか。
 屋敷をうろうろ歩き回っていると、作業場らしき小屋を発見した。そういえばこの本丸が一体どれほど広くて何があるのか主人のくせに把握していないことに気付き、一通りチェックするかと恐る恐る扉を開け放つ。

「主様、やっとお目通りかないまして!わたくし、こんのすけと申します」
「!!!」

 赤い隈どりの狐が現れた!狐は喋り始めた!いち野はこんらんしている!
 奇抜なデザインの喋る小動物にビビっていきなり作業場ですっ転びそうになったものの、戸をガタつかせる程度でなんとか停止することができた。何でもありかこの世界は。いや未来だっけ。狼狽する私に小首を傾げて心配そうに見上げてくるつぶらな瞳に手を振って大丈夫だと示すと、こんのすけは胸を張って作業場の奥を示した。

「では僭越ながらご案内させていただきます。あちらの奥は2215年の鍛冶場となっており、しかるべき資材を用意して依頼札を差し込めば各時代から新たな刀剣を得ることができます」
「やっぱここ、普通の時代とちがうの?」
「いわゆる世界時間や時代から、少し外れた場所になりますね。過去未来を行き来するため、そのようになっております」
「ほへえ」

 自分の理解の範疇を超えた説明に間抜けなため息しか出ない。フィクションSFにおいてタイムマシンなんかはお馴染みだが、私の知る時代から2世紀も進んだ世界では当たり前となっているのだろうか。確かに歴史修正を主張する人間が現れるくらいだから、そのようなものなのかもしれない。
 時代を遡るのは刀剣のみ。
 では審神者とは一体何者か、未だよく分からない。分からないことだらけなのだから考えても仕方がないかと依頼札を手に取る。初めでよく分からないので、記載された数値を変えることなく二つある部屋の一つに差し込んだ。カン、と竹を割ったような小気味よい音が響き、途端に奥から人の気配がした。


▲▼


「よう大将。俺っち、薬研藤四郎だ」
「おおお〜、よろしくね〜」

 打刀よりは手に取りやすい短刀でも、やはり重くて持つのはおっかなびっくりになってしまう。膝をついたまま黒い鞘に包まれた短刀を手に取ると、目の前にしっかりと正座をした男の子が現れて、小綺麗な見た目から想像するよりも低い声で名前を名乗った。清光もそうだったが、審神者(わたし)に対して初対面からわりと好意的に接してくれる点はこの訳のわからない状況においてとても安心できる。
 ヤゲン、とは薬を研ぐと書く薬草などを細粉にひく道具らしい。どうしてそんな名前なのかと首を傾げたら薬研は少し考えるように視線を宙に彷徨わせたあと、また今度話すとはにかんで薄く笑った。何か特別な理由があるのかもしれない。

「今ちょうど出陣してていないんだけど、加州清光っていう打刀もうちにいるよ」
「加州清光?そりゃ、また有名どころだな」
「有名なの?私あんまり、いやぜんぜん詳しくないんだよね、うーん、ごめん……」

 刀どころか歴史すら曖昧な有様でいい加減恥ずかしくなってくる。学校で習ったことすら疎かになっている私がましてや審神者なんて名前が似合わないのは、他でもない自分が一番よく分かっているのだが。
 膝を突き合わせたまま顔を覆って情けない顔を隠していると、薬研は少し目を丸くしたあとくつくつと喉を鳴らして笑った。大人びた表情に思わず、見た目は少年のようなのにお兄さんのような笑い方をするなあ、なんてことを場違いに考えてしまう。

「謝ることねぇよ。そうだな、加州の奴にも自分で聞いてみるといい。きっと喜んで話してくれるさ。座学で教わるのと思い出話を聞くのは違うもんだから」
「そっかあ。んじゃ、帰ってきたら言ってみようかな。……薬研は話してくんないの?」
「俺は、まあ、また今度だ」
「けち」

 その時、門の呼び鈴が悲鳴のような高い音を立てた。薬研と一瞬目を合わせたあと、何となく嫌な予感がして作業小屋から立ち上がり門まで一緒に小走りで向かう。大きな池では鯉が呑気に跳ねている。そこを横切って抜けると、門戸に寄りかかる黒い塊が目に飛び込み、呻き声をあげたその人影が清光であると気付いてあっと声を上げてしまった。

「ただいま、戻りました、っと……」
「清光!なん、なんで、ど、どうしよう、どうしよう……!」
「落ち着け、大将!さっきの作業小屋に手入れの道具もあったな?あっちに運びこもう。加州、立てるか?」
「ああ、うん……あんたは……」
「薬研藤四郎。とりあえず、味方だ」

 狼狽えるばかりの私に対して薬研は冷静にてきぱきと指示を飛ばす。言われるままに肩を支えられた清光から刀を受け取ると、納められた鞘や柄が痛々しく傷だらけになっている。彼らは刀だ。もしこれが折れてしまったら一体どうなってしまうんだろうか。ぞっと背中が寒くなって大事にそれを抱き込むと、よちよちと千鳥足で後に続く。
 先ほどの作業小屋の中には、確かに「手入れ部屋」と立て札に書かれた一室があった。先ほどの案内された内容を思い出しながら、依頼札をやや乱暴に部屋に差し込む。狐のこんのすけがどこからともなくしゅるんと部屋に現れ、傷付いた清光を見て慌てて近くに走ってきてくれた。

「こん、き、清光が……!」
「手酷くやられてしまいましたね。今回は私もお手伝いいたしますので、気を強くお持ちください。刀をこちらへ!」

 三つ並んだ障子の真ん中の一枚の開いた下半分には、磨き上げられた木製の台と立派な刀掛けが鎮座していた。後ろから指示が飛ぶ。どきどきと嫌な動悸で手が震えるが、なんとかそっと清光の打刀を台に置くことができた。するとカタリ、カタリと歯車が回るような音がしたかと思えば、台ごと刀は手入れ部屋へ滑るように消えていく。狐の尾が追いかけるようにしゅるりと障子紙に溶けていった。
 加州清光という存在の核は刀であるから、それを手入れすれば良いという理屈は分かる。しかし畳に伏せる清光の白い肌から覗く生傷はどう見ても本物で、痛々しくてたまらなかった。この屋敷は少し冷えるからと巻いていたマフラーを外して、苦しげに呻く彼の頭の下に敷く。ほんの少し呼吸が楽になったのか、閉じた瞼を開いて清光はこちらを見上げて弱々しい声を上げた。

「へ、へ………手入れ、してくれるってことは、まだ愛されてんのかな……」
「まだって、あ、あのね、わたしそんな、んなことしないよ。痛い?痛いよねえ」
「初陣、しくじっちゃった。ごめんな」
「そんな、そんなん、」

 今まで軽く見ていた「戦い」という現実がひどく重たく胸にのし掛かる。そんなこといいからゆっくり休んでと言いたかったのに、肝心な時に回らない舌がもつれて詰まって上手に言葉にすることができなかった。このまま伏せて動かなくなってしまったらどうしようと悪い想像ばかりが頭を占める。すると鉛のような沈黙が下りた部屋に、とつぜんパァン!と音が弾けて飛び上がった。
 清光の傷を見ていてくれた薬研が、両手を打って呆れ顔で眉を吊り上げている。

「黙って聞いてたらまったく、こんな傷で打刀が折れるかよ。俺たちはそんなに柔にできてないぜ、大将」
「そーなの?ほんと?」
「それから加州!」
「え、」
「お前も男ならこんな傷程度で女々しい顔すんじゃねえ、大将が心配で倒れっちまうだろうが!ったく刀一本にこんなに目をかける主人なんてそう滅多といないってのに……ほら、よく見ろ。もうすっかり治ってる」

 二人して清光の体を見ると、服はぼろぼろのままだが肌の傷は確かに綺麗に治っていた。短時間でのあまりの差異に頭がついていかずそのまま視線をずらすと、手入れ部屋の前では傷ひとつない見事な姿の打刀が誇らしげに置かれている。その横ではこんのすけが胸を張って自慢げに鼻を鳴らしていた。
 薬研は小さくため息をついたあと、大きく切れてしまっている清光の衣服をまたてきぱきと脱がせている。清光もさっきのことがあって抵抗もできないのか大人しく従っていた。そのなんとも安心できる光景に、ああ薬研がきて良かったなあ、とぼんやり子供のような感想を抱いたのだった。


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