早朝、本丸の武道場。
 ここは元々は多目的な離れの大広間であったものを、刀剣たちが訓練場として整えた部屋である。掃除や炊事や畑仕事、生活の為にやらなければいけないこともあるが、日夜出陣の時に備えて己を鍛え上げる彼らにとって長い時間を過ごす場所であろう。四方を囲む格子戸を開け放てば、朝日を浴びて磨かれた板張りの床が光っている。
 しかし今日は少しばかり様子が違う。中央で折り目正しく並んでいる顔は、天下人織田信長の短刀、薬研藤四郎。刀狩り武蔵坊弁慶の薙刀、岩融。かの源義経公の守り刀、今剣。独眼竜伊達政宗の愛刀、燭台切光忠。細川忠興が之定刀、歌仙兼定。無代の幽霊切り刀、にっかり青江。名だたる名刀達が背を正して座す真正面には、彼らに比べれば若い刀―――新撰組一番隊長沖田総司の刀であり、現本丸にて近侍を務める加州清光である。

「……状況が分かんないんだけど」
「おいおい、だから今言ったろ?」
「僕達に指導をしてほしいんだよ」
「なんで俺?」
「何を言う、お前以外に適任がいるか?」
「きよみつはつよいですから!」

 口々に刀達から上がる声に清光は尻の座りが悪そうな顔をする。確かに前の主譲りの剣術ならば自信はあるが、日の本を左右する群雄割拠の時代に生まれ、駆け抜けた戦場は数知れず。そんな刀を前にして胡座をかけるほど大きな差があるとは思えなかった。
 ましてや指導など考えられない。
 悪いけど、と断ろうとした彼を薬研が制す。思いのほか鋭く真剣な目と視線が合って清光は息を呑んだ。薬研の顔色を悟らせない飄々とした白面の、その一枚下に見え隠れするもの。屈辱と怒りと不甲斐なさ。チリチリと肌を刺す激情が伝染したように、皆表情を変えて背を伸ばした。

「前の出陣でしくじってからな、腸が煮えたぎって仕方ねえ。鍛錬もしてみたがどうにも上手くない。ここんとこ手詰まりなのさ」
「……教えるったってどうすんだよ。俺とお前じゃ刀も流派も違う。役には立てないぜ」
「言い方が悪かったか。俺たちが教わりたいのは剣術というよりゃ、身体の使い方だ」
「使い方……」
「つまり君と僕らで一体何が違うのか」
「教えてもらいたい」

 審神者いち野の率いる隊、戦歴は未だ百を数えず。この隊が結成されてから清光は一度も近侍および第一部隊長を外れたことがない。それは彼が戦術的撤退を除き敵に遅れを取ったことがなく、他に比べて圧倒的に実力が高いことを証明している。年若い彼の活躍は彼らにとって常に無視できない焦燥であり、それ以上の羨望の的であった。
 加州清光は天才である。
 あの日の雪辱を晴らすためならば若輩の刀に頭を下げてでも追随し、どこまでも食らいつく腹積もりはある。薬研がドン、と力強く両拳を床につけて厳かに頭を下げる。それに皆続いた。座した隊員たちの垂れた頭とギラギラとした眼に宿る焔を見返し、清光は僅かに沈黙してからゆっくりと姿勢を正して息を整えた。

「たぶん、俺に一番近いのはにっかり青江」
「おや、僕でいいのかい」
「不本意だけどな。言っとくけど勝手にいち野の部屋まで上がりこんだのはまだ許してないから」
「近い、というのは」
「何て言えばいいかなー……例えば岩融とか今剣とか燭台切は、わりと戦い方が人寄りなんだよ。反対に薬研と歌仙は刀寄りだ」
「………?」
「俺たちは今人の体を持ってる。だが多分ヒトそのものじゃない。その証拠に人だったらそう耐えられない怪我でも帰還できるし、治りだって段違いで早いでしょ。歌仙の傷なんて普通なら一月は歩けない」
「言われてみればそうだね」
「つまり俺たちは刀でもあり人でもあるが、そのどちらでもない。ましてや神でもない」

 刀と人は本来まったく役目が違うものだ。人は考え振るい、刀が斬る。その二つを一個体に両立させているのだから当然ながら齟齬が起こってしまう。人の頭を持ってして考えながら刃を向ければ迷いが生まれ、刀の心のまま斬ることだけに集中すれば敵の手を読み違える。受肉して暫くはその矛盾に気付かずうまく動けないこともある。
 さらに言えばその剥離を無視していると、ある日突然自分が一体何者か分からなくなってしまうこともある。これは清光も経験したことだ。つまりは刀の自分と人の自分がどちらも認め、上手く作用すれば問題はない。清光の話は要約するとこのようなものだった。なんとか説明しようとする若刀に、歴戦の刀たちは口を開けて呆気にとられていた。

「まあもちろん経験ってのもあるけど、人間でいうとこの本能と理性みたいな………なにその顔」
「いや……」
「意外によく考えていたのだなあ」
「君は丸っきり本能で戦ってるのかと」
「どーいう意味だコラ」
「いやいや、感心してんだぜ」
「あのなあ」

 揃って意外そうな顔をする面々に青筋を立てながら清光はすっくと立ち上がる。そして紐を肩にくぐらせて着物をたすき掛けにし、袴の裾を整えて足袋を脱いだ。何が始まるのかと彼を見ていた隊員たちに、清光は壁に立てかけられた竹刀を手にとって投げた。多少の違いはあるものの、薬研や今剣には短いものを、岩融には特別長いものを。
 口で言うのは簡単だが、何よりも体で覚えるのが一番早い。かつての主が道場でそうしていたように、清光は裸足で板床を踏みしめて堂々と仁王立ちになった。

「急所か足を一本取られたら交代。俺がへばるかお前らがコテンパンに伸されて参ったって言うまで、一人ずつかかって来い!」
「本気か?」
「勝ったやつが隊長だ」
「………!」

 明らかな挑発。だがそれで十分。
 皆火がついた様子で各々に服を脱ぎ裸足になって我先にと第一隊長の前に並ぶ。ここで彼を倒して近侍の座を奪ってやるとばかりに闘志を燃やす隊員たちに、清光は内心でニヤリと笑って竹刀を構える。
 隊長になってから何度も同じ戦場で駆けた。訓練で刃を合わせたことは少ないとはいえ、薬研の刃を逸らす法則性、今剣の身の軽さと脆さ、岩融の力を込めすぎる指、燭台切の重心の傾きから歌仙の剣筋の癖、青江の目敏さと足さばきまで―――加州清光は覚えている。事細かに寸分の狂いなく覚えている。命を任された主の少女に誓って負けるつもりなどなかった。

「では、開始!」

 パァン、と痛快な音が道場に響く。
 まだ朝露の残る卯の刻。庭で見事に咲き誇る枝垂れ梅が、自分に見向きもせず稽古に明け暮れる男たちに呆れて枝を揺らした。かくしてこの熾烈な手合わせは結局、燭台切が「いち野ちゃんの朝ごはん作るの忘れてた!」と言い出すまで延々と続いたのだった。





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