冬木市、晴天の新都。
 聖杯戦争の監督役たる言峰綺礼のサーヴァント、ランサーは教会に身を寄せるオブザーバーのアンリと共に街に繰り出していた。理由はひとえにランサーの昼間の現界のためだ。ケルト神話における大英雄、光の御子クー・フーリン。生まれはなんと神の子キリストと同時代。いかに聖杯から現代の知識を与えられていようとも、装束まではあつらえられていない。日本の街中で外国人があのボディスーツのような青い戦衣装で闊歩していては通報ものである。
 よって、洋服が必要だった。教会のメンバーで比較的常識人のアンリにランサーが頼み込んだのも無理からぬ話だ。他二人引き受けてくれない可能性が高いうえ、まともな買い物は期待できないからである。

「ランサーの体型だと、日本メーカーはちょい合わないかもねー」

 隣に並ぶ英霊は姿を消していて、少女の声は独り言になった。一人の買い物も決して悪いものではない。
 アンリは海外ブランドに狙いを定めることにした。今は冬物シーズンの真っ只中だ。いらっしゃいませ、という声を背に店に入り適当に手に取ってみるが、普段の青い戦衣装の印象があるせいかあまり想像がつかない。襟のついた硬い服装のイメージはないし、ラフすぎるのも少し違う気がする。

『ランサー、どんなのがいい?』
『あー? 動きにくくなけりゃ何でも構わねえぜ。あんまヒラヒラしてんのは好かねえな』
『まあ、だろーね』
『あとギルガメッシュの野郎みてえなのも願い下げだ』

 つまり動きやすくて悪趣味でないというか成金すぎないというか、いや、要するにシンプルな服がいいというわけか。クー・フーリンとて王族の生まれのはずだが、ウルクの王様とはだいぶ趣味が違うらしい。機能性で選ぶならスポーツ系ブランドなのだろうが、趣味でなかったのでアンリが勝手に選択肢から外した。
 まあ彼は鍛え抜かれた痩身の持ち主なのだ、シンプルな服でも十分サマになるだろう。とりあえず黒いパンツを二、三本と白いTシャツをデザイン違いで見繕った。ランサーが物珍しそうに店内を見渡している間に、店員を捕まえて試着室を開けてもらう。

『じゃ、中で着てみて』
『なあ嬢ちゃん、あれも悪かねえな! なんつーか異国情緒ってモンがあってよ』
『おー、意外なチョイス……』

 ランサーが指差したのは店内の壁に飾られた黄色と赤の鮮やかなアロハシャツだった。男がなぜかアロハシャツに心惹かれるのは古代も今も変わらないのかもしれない。折角服を調達するのに着回しばかり気にするのも勿体ないだろうと、それも手に取って試着室に引っ掛ける。
 ランサーがするりと試着室に入っていったのを見送り、外に立った。店員が不思議そうにアンリを見ている。やがてカーテンが開いたかと思うと中から手品のように外国人の男が出てきたのだから、店員がぎょっとしたのも無理はなかった。

「おう、どうだ?」

 アロハシャツを纏い、余裕のあるデザインだった裾は皺も寄らずほぼジャストサイズになっている。現代服に身を包んだ彼は文句なしの野性味のある美青年で、シンプルな服に長い手足がこれでもかと強調されてよく似合っている。
 そしてどうみても堅気に見えない。
 戦闘のために完璧に引き締まった体躯には底知れない威圧感があり、加えて伸ばした襟足と銀の耳飾りのおかげで、完全にチンピラだった。

「なんかチンピラみたい」
「ああ?! んだよ、駄目か?」
「いやでも予想以上に違和感ないから、いんじゃない? 似合ってる似合ってる!」

 アンリが思ったとおりのことを矢継ぎ早に口にすると、ランサーは微妙に納得いっていないような、しかしやや照れくさそうな顔で口元を緩めた。パンツは同タイプの色違いのものを一本と、シャツはVネックのほうが似合っていたからそれを。形も色柄も飾り気がないほうが好みだろう。やはりやや彼女の趣味も入っている。
 購入する分を選んでいると、さっきの店員が合わせやすい服をいくつか見繕ってくれていた。その中に一枚サイズの小さいものがあったので首を傾げていると、店員がにっこりと笑って教えてくれる。

「さっきのアロハと同じ生地のシャツなんですよ」
「ああ! えー?」
「形も違うんですけど、どうですか?」

 どうですか、とはアンリに向けての言葉である。暖色柄のTシャツはゆったりしているが丈が短く、体型を選ばずラフに着られそうな感じだ。ちょっと可愛い。こういう少し「ハズした」感じがアンリは嫌いではなかった。
 しかしランサーとペアルックである。カップルでもないのにペアルックってどうなんだろう。いや、カップルだと思われてるんだろうけど―――と考えていたら、試着を終えたランサーが白シャツと黒パンツ姿でひょっこりと出てくる。

「お」

 そして彼女の持つシャツを見つけて笑った。

「そいつにすんのか」
「う、うーん?」
「形違いってのもイイんじゃねえ?」

 と言って太陽神の息子たる快活な笑顔でアンリの手からかっさらい店員に渡してしまったので、購入する運びになってしまった。ランサー的にはアンリとの「お揃い」はそれほど抵抗がないらしい。彼女にとっては一緒に着て歩くのを想像するだけでなかなか恥ずかしいものがあるのだが……。
 まあ、いっか。
 シャルタルは浮き足立っていたのかとしれなかった。何せ冬木市に来てから出歩くのは殺伐とした夜ばかりで、穏やかに人と話すのは久々だ。それに金額を気にせず買い物ができるというのはなんともいえない快感がある。
 靴も上着も買い込んで、すっかり現代人の装いになったランサーと店を出た。片手には大きな紙袋、もう片方には揃いのシャツ一枚の袋。

「昼間出てきて、何するの?」
「せっかくこんな豊かな時代に来たんだ、楽しまなきゃ損だろ。 あとはそうだな……美人に声でもかけるかね」
「いいね、恋が芽生えるかもね」

 アンリは笑い声を零して、ランサーの片方の荷物を受け取った。それを左手に持つと横並びになった彼に右手を差し出す。ケルトの大英雄はきょとんと目を丸くして首を傾げたので、少女はますます笑い声を高くした。

「ナンパは今度にしてさ、今日は私とデートしない? ね、赤枝の騎士さん」

 最後の言葉は小さく耳元で囁いたのが効果的だったようだ。ランサーは不意を突かれたせいか鋭い目元をきょとんと丸くしている。買い物はずいぶん気晴らしになったのだろう、教会ではあまり見せない明るい顔で笑っているアンリは、この若い街に相応しい少女にしか見えない。
 ランサーは仕切り直しとばかりにわざとらしく咳をして立ち止まり、ちょっとした騎士が姫の手を取るようなポーズで。

「目の前にも乙女がいたな、こいつは失礼した」
「きゃー! 詩人ぽい!」

 乙女が黄色い声をあげた。二人とも顔が笑っている。そのせいで残念ながらロマンチックさは宙ぶらりんだが、少女の手は迷いなく男の手に重ねられた。服を選びあってお揃いの服を買って、手を繋いで通りを歩くなんて、まるで本当に恋人同士のデートだ。
 もちろんこんなものはただのごっこ遊びだが、アンリは心の底から楽しんでいた。この地で行われる血なまぐさい儀式戦争など悪い夢だとすら思えてくる。もし同じ線の上に次があるのなら、晴れた昼間にあの明るい黄色のシャツを着て彼とまた出かけるのもいい。そんな淡い期待を抱いてしまうくらいだった。
 一人では楽しみも味気ない。
 過去の英雄の手はいかにも無骨で、血が通い暖かかった。彼らでも冬は寒いのだろう。まだ冬深い新都の街で、遠い春を待つような帰路だった。







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