ベッドで目を覚ます。
 あれからどうやって部屋に戻ったのか覚えていない。自力で戻ったのなら良いのだが、違ったとしたらアーカードの手を煩わせてしまったかもしれなかった。カーテンの隙間から射し込む朝陽はきらきらと眩しく、大きく開けば暖かい温度が身体を包んだ。同時に吸血鬼のように太陽を浴びられないわけではないのかと思うと、単純に嬉しかった。
 よく見れば、はじめ寝かされていた部屋とは違う部屋だ。一人にしては十分すぎる広さで、大きなベッドとクローゼット、鏡台と何も置かれていない棚が一つぽつんと置いてある。全体的にヨーロッパ風の内装といえばいいのか、豪華だ。寝惚けたままシーツから起き上がると自分が靴を履いたままであることに気付き、慌ててベッドから這い出る。すると部屋の外からコンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。

「目が覚めましたかな?支度が済んだら執務室までおいでください。着替えはクローゼットに一式入っております」
「あ、ありがとう、ございます」
「執務室は部屋を出て右の突き当たりです。では、インテグラ様がお待ちですので」

 ノックの主はウォルターだった。彼は部屋に入ることなく優しい声色でアンリにそう伝えたあと、革靴の音を響かせて去っていってしまう。咄嗟に返事をしたあと離れていく気配を見送り、クローゼットに飛びついて慌ただしく洋服を確認する。中にはあまり華美ではない上品なワンピースやシャツなどが並んでおり、今着用しているものと似たチャコールグレーのワンピースに急いで着替えた。
 身嗜みをチェックしようと思い鏡を覗き込むと、昨日よりはだいぶ顔色がマシになった子供がこちらを見返している。寝癖などはないものの髪のやはり切り揃えが酷く、当然ながら見栄えは悪いがどうしようもなかった。

 部屋を飛び出て右に小走りで進む。長い廊下の突き当たりにはよく磨かれた木の扉があった。アンリは手を伸ばして一度引っ込めたあと、先ほどウォルターが部屋を訪れたときのことを思い出す。そしておっかなびっくりにノックをした。

「入れ」
「……失礼します……」

 少し重い扉を押して入室すると、机に座り両手を組んだインテグラの姿があった。側にはウォルターが控えている。執務室は外から想像していたよりも広く、背後の壁が連なった大きな窓になっていて外がよく見えた。街中ではなく郊外のようで、緑豊かな森と呼ぶべき景色が広がっている。
 アンリはゆっくり歩いてるインテグラの正面に立ち、両手を前で揃えてぺこりと深くお辞儀をした。顔を上げると彼女は眼鏡の奥で軽く目を見開いており、アンリは何か失礼をしてしまったかとスカートの裾を握りしめたが、特に咎められることもなかった。インテグラはそのままの体勢で、かつてと同じように毅然とした声で言う。

「よく眠っていたな。疲れは取れたか」
「あ、はい。あの、大丈夫です」
「以前も言ったようにお前には対吸血鬼用戦闘員として働いてもらいたい。我々は反キリストの化け物から英国を守るため組織された王立国教騎士団……「ヘルシング機関」とも呼ばれる。私は長のインテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシングだ」
「はあ……」
「お前は表向き、ウォルターの姪「アンリ・C・ドルネーズ」としてこの屋敷のメイドの仕事も覚えてもらう。質問は?」

 分からないことが多すぎて頭が痛くなった。今更吸血鬼や化け物の存在を疑うようなことはしないが、吸血鬼が彼女たちの敵ならばアーカードは何故ここにいるのか、吸血鬼はそんなにたくさんいるものなのか……ぐるぐると目を回しているアンリに気付いてか、ウォルターは苦笑いしている。
 彼女が身寄りのない子供らしからぬ礼儀正しさを持っているのでインテグラは極めて簡潔に伝えてしまったが、こう見ているとやはり子供だ。子供の扱いには慣れていない当主に代わり、執事が控えめに発言する。

「つまり今のあなたの当面の仕事は、お勉強ということですな」
「な、なるほど」
「……まあ、そういうことだ。では食事と諸々の準備を済ませたら中庭にて適性試験を行う。それまでウォルターに色々と教わっておけ」

 話は終わったとばかりにインテグラが何やら書類を取り出し作業を始めると、ウォルターがアンリを促して執務室を一礼してから退出する。アンリは当主の言った「適性試験」という言葉が気掛かりだったが、まずは屋敷の案内をしてくれるというので大人しくついて行くことにした。
 屋敷内はとても広く、ゲストルームなどを除いても使用していない部屋が多いという。特殊な機関なので一般人を雇い入れるわけにもいかないので、いわゆる使用人にあたる者はウォルターしか居なかったらしい。厨房やバスルーム、インテグラの部屋などを案内したあと、ウォルターは使用人部屋を開いて中を見せてくれた。

「誰も他に使用人がいないので、一人で使っていたんですよ。あなたも仕事のときはここを使いなさい、アンリ嬢」
「はい、ありがとうございます」
「では先に食事を済ませましょうか」

 しっかり食べておくんですよ、そう言ってにっこりとウォルターが微笑む。首を傾げながらも頷いたアンリは、これから自身に降りかかる事態にまだ露とも気づいていないのだった。午後よりインテグラ主催のもと、ヘルシング機関適正検査が始まる。


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