忍というのは本当に、壮絶を極める人生を送っているらしい。 それを強く実感するのは単純に感触の違いだった。常は黒光りする手甲に覆われた手は、日崎の姫たる自分の言葉一つで白日の下にさらされる。佐助は毎回それはそれは複雑そうな顔をして、それから諦めたように手指を寄越した。
「ほんと趣味悪いぜ、姫サマ」 「そォ?」
忍の手は指先までひどく堅く、しかしよくよく鞣された革のようなしなやかさを持っている。傷は一つや二つではない。この爪の一つすら人を殺す武器にできるのだと思うと、こうして素手で触らせてもらえることにすら胸がどきどきした。 それに絡める自分の手指は、昔より手習いや戦で強くなったものの、やはり柔い女の手をしていた。何千何百と戦い抜いてきた手とはやはり比べものにならない。だから私はこの手が好きだった。
「これがあるから私とか幸村はさあ、いままでこーやって生きてこれたわけだよ」 「また大袈裟だね」 「いやホントに、いつもお疲れさまぁ」 「あーそれ最高ー」 「おじいちゃんかよ!」
佐助の親指と小指に自分の両小指をひっかけ、わりと肉厚な掌を親指で指圧する。いつも酷使している手は私が気まぐれに按摩するだけで非常に気持ち良さそうな顔をした。軽口を叩きながら、切れ長の整った目が細まるのが嬉しくて、熱心に親指を動かす。 春先の庭。暖かな陽光も相まって、佐助はいささか微睡んでいる。しかし彼が寝ているところというのは滅多と見たことがない。忍たるもの寝顔はそう簡単に見せぬということなのだろうか。うーん、私のほうが眠くなってきた。
「んーん……」 「あらら」
睡魔には逆らえない。柱に背を預ける佐助の肩に頭を乗っけると、じんわりと体温が伝わってますます眠くなった。小指が絡まったままの手は、力が入らないせいで解けそうになっている。いやだな。もうちょっと繋いでいたい。 察したのか偶然か、大きな手が右手をゆるく握り返してくれたのを感じる。もう開かない瞼の奥で、喜びがとろりと蜜のように笑みになってこぼれた。
「姫サマ、寝るのかい」 「ちょっとだけ……」 「俺なんかに頭預けてちゃあ、だめだよ。あんたみたいなお人が」 「んっふふふ、それ前も聞いた」 「でしょうね。もうまったく、周りのいうことなんてとんと聞きゃしないお姫様なんだから。前だってさ……」 「ぐう」 「寝たふりしない」
佐助の口上の雲行きが怪しくなってきたので、眠気にほとんど負けたポーズで肩に顔を埋める。どうせこの忍は私のやることに「否」とは言えまい。それは、ほとんど憶測にすぎなかったが、やはり今まで外れたこともなかったのだ。 夢か現かわからない意識の中、あの手が額の髪をはらってくれた気がした。気がしただけで十分だった。
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