海の孤島、願流島。
 絶命トーナメント決戦の地、血を血で洗う死闘の舞台―――と言えばおどろおどろしいが、入ってみれば驚きのバカンス地の砂浜で、山下アンリはポツンと一人座り込んでいた。
 父が社長となった(といっても昇進ではなく、乃木会長にそそのかされて半ば無理やりである)山下商事が拳願試合に出ることとなったのは、つい先日のことだ。51億もの借金を抱えたと聞いた時は倒れるかと思ったが、それだけ膨大な額を支払って会員になったのだから楽しまなければ損な気がする……と持ち前の単純さで水着まで着こんでいたが。

(一人はちょっとなあ〜……)

 そもそも私がこの拳願絶命トーナメントに同行することになったのは、山下商事の代表闘技者、十鬼蛇王馬との親交のためである。つまり試合を有利に運ぶため、他の企業が私に害を加えたり誘拐したりというのを防ぐため―――らしい。
 それを聞いてからは父親とできるだけ一緒にいたのだが、当の本人がついさっきトーナメント運営者に呼ばれてしまった。一人になったら途端に心細くなり、持っていたパーカーを着込んめばバカンス気分も吹き飛んだ。

 よりによって今日、どうしてこんな思いをしなくてはならないのか。ため息をつこうとしたとき、上から声が降ってきた。

「アンリ」

 肩がビクッと跳ね、口から心臓が飛び出しそうなほど慌てて立ち上がり振り返る。そこにはいつも通り不遜な態度で、件の十鬼蛇王馬が立っていた。

「びびびっくりした!王馬さんて何でいつも後ろから現れるの?!」
「お前が気配に気付かねえから悪いんだろ?」
「気配て!」

 気配に気付くだなんてそんな漫画じゃあるまいし、と噛み付こうとしてすぐに止める。拳願絶命トーナメント。冷静に自分の置かれている状況を鑑みればあまりにも、かなり今更なセリフだ。
 不満を訴えるように眉を寄せて拗ねて見せても、王馬さんが側にきて自分でも気づかないままホッと息をついていた。この島と来たらどこを見渡しても2mを超えた筋骨粒々の大男ばかりで、今まで喧嘩や暴力といったものには全く縁がなかった身としてはとても居場所がなかったのだ。
 思えば街中で絡まれた時もそうだが、彼は自分が心細いときにふらりと現れる気がする。

「おい」
「えっ?あ、は、はい!」
「やる」

 ずい、と差し出されたものに目を丸くして反射的に受け取った。それに満足したのか砂浜に座り込んだ王馬さんと手の中のものがどうしても結びつかず、困惑せざるを得なかった。
 手の中に間違いなくある、紫と黄色と白の三色が美しい模様になった小さな花。どこかの花壇から摘んできましたとばかりに剥き出しのままで数本束になっている。十鬼蛇王馬と花。致命的に似合わない組み合わせに頭が軽いパニックになり、思わず隣の精悍な顔をおずおずと覗き込んだ。

「あのー、なんで、お花……」
「誕生日なんだろ」

 だからお前の名前の花だ。
 こちらに目を向けることなくそう言った彼の言葉に、私は意味を唐突に理解した。もしかして父に聞いたのだろうか、今日が私の誕生日だということを。それで一人でいるところを探しに来てくれたのかもしれない。この可愛らしく小さな花を大きな手で摘んでいる王馬の姿を想像してしまうと可笑しくて堪らない。
 さらにもう一つ面白いことがあり、多大な嬉しさもあいまって、鳩尾の底から変な笑いがこみ上げて来た。へたへたと横に座り込んで、すぐ隣の逞しい肩に頭を寄りかからせて喉を震わせる。

「お、王馬さ、これ、この花、パンジーだよ……っ!」
「あ?」

 目をまん丸にした顔にもう我慢できなかった。体から力が抜けて彼の肩にクックッと振動を伝える。王馬さんは無言のまま目を細めて唇を結び、片手で私の頭を掴んでぐりぐりと揺らした。これは殴ったり叩いたりができない王馬さんが考えた私用の「お仕置き」である。ボールみたいに転がされて脳味噌が揺れまくったが、顔が緩んだままだ。
 飽きもせずへらへらと笑っている私に呆れたのか、それとも恥ずかしかったのか。王馬さんは眉を寄せて後ろ手で癖のある真っ黒な髪に触れて頭を掻き、気まずげに言葉を投げる。

「もう次は間違えねえ」
「えへへ、ありがとうー」

 遅いお礼を言ったが顔を背けられてしまった。機嫌を損ねてしまっただろうか。けれどまさか誕生日を祝ってもらえるなんて夢にも思っていなかったので、浮かれ調子のまま花を大事に両手で包んでから、はたと彼の言葉を反芻する。
 次はということは、来年もくれるということだろうか。
 人知れずポッと頬が熱くなってしまったので素早く身体を離し、膝に顔を埋めて隠した。そっぽを向いたままの王馬さんがほくそ笑んだような気がした。





デフォ名が「すみれ」だからというネタでした。





Back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -