―――×××年、1月26日。
 廃棄湖の傍の路地で赤子を拾った。
 ホールでは見かけない真っ白で清潔な布に包まれた赤子は、水色の頭髪と白い肌をした女児だった。恐らくは生後8か月ほどで、非常に大人しく身じろぎもしない。この周辺は魔法使いのドアがよく現れる危険な場所だが、まさか親が捨てていったのだろうか?
 バウクス医師に「また余計なものを拾って来た」と怒られることは間違いないが、流石に赤子を放っておくわけにもいかない。私は兎にも角にも病院に連れ帰って経過を見ることにした。


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 ―――以上が昨夜カスカベ博士の手記に書きこまれた内容である。
 予想した通り病院でバウクス呈された苦言をのらりくらりとかわし、赤子を布団に寝かせてからまた病院の仕事に戻り、そして彼はこれを書いた。ただのメモ書き程度の認識で書かれた一節が、こんなに愉快なことになるなんて。

「いやはや、人生はまだまだ何が起こるか分からないもんだ!」

 既に執筆活動を経て何冊かの本を出しているカスカベは、書籍にするためにいかなるときも白衣のポケットにメモを忍ばせている。しかしどうだろう、布団で寝返りも満足に打てなかったはずの赤子は、様子を見に来たカスカベとバウクスを見るなり両足ですっくと立ち上がり、完全に据わった首で彼らを見上げていた。
 赤子は唖然としているカスカベとバウクスを零れそうなほど大きな金色の目が見つめ、昨日に比べてすっかりと生えそろった髪を揺らして一歩踏み出す。危なっかしいながらも歩き出した赤子にバウクスはぎょっと目を見開き、対してカスカベは非常に楽しそうに手を打った。
 
「お、お、おお〜!スゴイスゴイ」
「ンなアホな!」
「う、」

 パチパチ、とリズムを取って聞こえる軽快な音に反応してか、目の前に垂れ下がる白衣と刺青を目指して子供は歩いていく。やがて千鳥足でぼろぼろのジーンズに倒れ込んだ小さな赤子を、カスカベは輝くばかりの笑顔でひょいと抱き上げた。
 昨日片手で持ちあがった赤子は、齢50歳を越えながら魔法によって少年の姿となった彼にはもう両手で抱えなければならない重さになっていた。

「君、1日でずいぶん大きくなってしまったね。こりゃあ今から随時記録を取らないといけないな」
「デカくなりすぎでしょう、いくらなんでも………」

 廃棄湖の近くで拾ったということを聞いてから嫌な予感しかしなかったと、バウクスは坊主頭を掻いて顔を顰める。この得体の知れない赤ん坊の成長速度が尋常ではないことなど、子供を育てた経験がなくとも分かることだ。それに得体の知れない―――ということが、この場合良くない。
 子供の大きな瞳には、湧き上がる研究欲に爛々と目を光らせる少年の顔が映っている。

「さっそく研究――いや検診――いやいや、健康診断をしなくっちゃね!君のお母さんは何処に行ったのかな、もう諦めてくれてるといいけど……」
「オイオイ」
「やだなあ、ほんの冗談さ」

 さてどんなアプローチをすべきかと浮かれ調子の博士の様子に、バウクスは医者がこんな子供まで解剖しやしないだろうかという不安に煙草のフィルタを噛み潰しているところだった。当の赤子は少年の褐色の手に抱き上げられて泣きも笑いもせず、やはり奇妙なほど大人しくしている。
 カスカベは手はじめにとカメラを友人に持たせて1枚の写真を撮影した。笑う医者と抱かれた子供。成長記録となるこの写真と手記が、後々にアルバム3冊と書籍4冊を超える「研究」になろうとは、この時誰も予想だにしていなかったのだった。





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