sister complex



 幼い頃から、ナマエは兄の裕也のことが大嫌いだった。
 しかしそれは、意地悪をされたからだとか暴力を受けただとか、そういった家庭内トラブルではなく、ただ単純に自分より人に好かれるから嫌いと言う如何にも子供らしい理由に起因している。それは近い歳の兄弟姉妹を持つ者なら誰しもが抱く劣等感であり、もしかしたらナマエにばかり大人の意識が向くせいで劣等感を抱く裕也というのも可能性としてはあったのかもしれないが、それらはすべて意味のない可能性の話だった。
 可能性。
 ナマエは多くの人が好むであろうその言葉を鼻で嗤う。
そんな言葉を使うのは、結果に通じるプロセスを計算できない愚か者が使う言葉で、圧倒的強者側からしてみれば塵のように等しいものなのだと、ナマエは若輩でありながら痛烈に理解していた。

「だから、今アンタがしてる努力も水の泡で終わるんだからいい加減にしなさいって言ってるのが―――そもそも努力ですらないし清々しいほどの他人頼りなわけだけど―――わからないの?」
「そ、そこまで言うことねーだろォ?……大体、他人じゃねぇーだろ。俺とオメーはよぉ〜〜……」

 普段は教室の机に置いてきぼりにしている教科書を腕いっぱいに抱え、裕也はひとりぼっちの迷子のように情けない顔で妹を見つめる。その視線を鬱陶しげに躱し、こんな奴が我が兄だなんて情けない、と口に出して嘆息する。

「妹に勉強を教わる兄ってナニそれ?スベッたコントのほうがまだ笑えるわね?恥ずかしくないの、アンタ」
「だ、だってよぉ……俺の周りにいんのは俺よりバカな奴らばっかだしよぉ……オメー、もう一年の教科書使ってねぇじゃんか。っつうか俺、一年の時からちっと怪しいしよ……」
「"一年生からやり直し"に付き合えって?」

 バカじゃないの、という侮蔑の言葉が無言のうちに伝わったのか、裕也は困り果てた顔で「だってよぉ」と縋りつく。今度のテストを落としてしまったら進級できないとか、ただでさえ目をつけられているとか、ナマエにとっては至極どうでもいいことをズラズラと言って並べる。そんな暇があるなら机にかじりついて勉強しろと怒鳴りたかった。求めさえすれば手を差し伸べてくれると当然のように考えている裕也の考えが、ナマエは虫酸が走るほど嫌いだった。
 それは裕也には頼れば助けてくれる人がいるということで、今までもそうやって頼ったり頼られたりを繰り返して生きてきたという何よりの証拠に他ならないから、だから。

「……嫌です。あなたが留年しようが退学しようが、私には何の関係もありませんので。事項自得だと思いますし。私の手が出る前に早々に私の部屋から立ち去ったほうがよろしいのではないでしょうか。あと裸足で部屋に入らないでくれる?匂いがカーペットに移るから」
「い、色々酷ェ………!?」

 ナマエが敬語になった、と顔を青ざめさせる裕也に気安く呼ばないでと辛辣に言い捨てて顔を背ける。苛々したし、ざわざわした。嫌い嫌いと胸中で呟いていなければ、自分の中の何かが捻れて暴れ出しそうだった。

「ナマエィ〜〜、頼むぜオイ〜〜」

 そんな妹の気持ちにすら気付かずしつこく泣きつき、媚びたつもりだったのか「ひーちゃん」と呼んでナマエが本当に暴れ出したのは、それから僅か10分後のことだった。




 チャプシさんに10万打記念として、まさかまさかの一富美をいただいてしまいました……!一富美というのは墳上妹で短編の「銀河」のやつです。
 チャプシさんありがとうございました〜!


Back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -