夜の帳が降りた細い路地。白いモザイクタイルを進む、黒いトレッキンブーツのアンニュイな足取り。
 カプリの安っぽいネオンの下では、赤いパーカーからもれる小さな鼻歌がBGMだ。

 革の靴底がカツリと硬質な音を立て、背後に立ちはだかる影は少女の体を覆うほど大きい。
 振り返れば、闇夜に光るアーモンド型の瞳が野良を手懐ける時のようにきゅうと弧を描いていた。肩を強張らせていたベアトリーチェは安心したように息をつく。

「よお、宝くじ当たったんだぜ。454万2千ユーロ、すぐそばの売り場でよお。月に10万払うから金がなくなるまで俺と暮らすってのはどうだ?」
「……約束して、ひどいことしないって。モノみたいに扱わないで、大事にしてね」

 小さな女優はコマーシャルの台詞を再生するように言うだけで、映画の内容も知らずにフードの奥で笑っている。
 2人は末永く幸せに暮らしましたとさ、というお伽噺のようなエンディングがせめてもの救いだろうか。そういえば少し行った通りに大きなポスターがあったかと、ホルマジオは妙な違和感のなさにガシガシと赤い坊主頭を掻いた。

「待たせたな、もう掃除も済んでんだろ。さっさと報告に戻るかァ……およ?パーカーだけか、いつもの帽子どうしたよ」
「汚しちゃったから、クリーニング中。自分で洗って色が変わっちゃったら嫌だし、明日取りに行くんだ」
「ウヒャヒャ!そんだけ大事にされりゃああのキャスケットも本望だろォぜ」

 暗い路地からメインストリートに出れば、急に街灯の質が上がり人気もどっと増えた。 Via Toledoの大きなショーケースには、ホルマジオの記憶通り映画公開を記念したポスターが堂々と貼られている。彼女が身につけている衣装の赤色は何故かベアトリーチェの服と似ていて不思議だ。
 大画面いっぱいのコケティッシュな魅力に、通行人も知らず知らず足を止めていた。

「おおッ、愛しのモニカ・ベルッチ!相変わらずイイ女だぜ」
「前から思ってたけど、スゲー好きだよなァ。やっぱりさ、付き合えるなら付き合いたいって思うわけェ?」
「バーカ、恋人とオナペットは別モンだっつの。ガキだなオメー」

 イタリアの至宝モニカ・ベルッチの扮する"赤ずきん"を見ながら、ホルマジオは内心で青年の言葉に同意した。彼女に迫られて抱けないなんていう男は不能に違いないが、必ず愛しく思うかと言われてしまえば話は別だ。
 美しさや色気というものを「愛情」という秤にかけた時、多くの場合傾くのは生来持っている愛らしさや情であるような気がする。

 その点、この少女は美しすぎないからいいのだろう。赤いフードからのぞくベビーブロンドで華やかさなど十分、この子犬のような顔立ちにはみな油断してしまうのだ。
 こちらを見る少し眠たげな瞳の、邪気のないこと。

「お前よお、あんま一人でフラフラすんじゃあねえぞ?」

 思わず口を出た父親のような言葉に、柔らかなリーフグリーンがぱちぱちと丸くなる。当然だろう、ホルマジオ自身も自分の言ったことに驚いているのだから。
 豊かな睫毛は瞬くと音がしそうなほどだ。

「どうして?任務は一人で行くのに……」
「アー、どォ〜してもだよ」
「…………はい」

 こんな理不尽な言葉にも従順に頷く姿は、本当に無垢な子犬のようで、ホルマジオは口元を緩ませるのも引き締めるのも失敗したような複雑な表情をにじませた。
 少し乱暴な手つきでフードの上から小さな頭を撫でつけると、太陽のような髪がばさりと現れる。戸惑ったような困り顔がくすぐったそうな笑顔に変わるのが妙に照れ臭く、大きな手がまた粗雑にフードを被せてやった。

「もしお出かけならボディーガードを連れてけよ、赤ずきんちゃん。アッという間に悪い狼にさらわれっちまうぜえ〜〜」
「そんなの、いないよ……じゃあ、次の買い出しはホルマジオが手伝ってね」

 今度はホルマジオが目を瞬かせる番だった。
 子供というのは、大人が思うほど子供ではないものだ。強かな輝きを見せる瞳は、あどけなさが残るが確かに女優である。
 しょおがねえなあ、可愛い妹分のアシくらいにはなってやるか、とホルマジオはどこか末恐ろしさに身震いしながら笑った。


ダニエラという女
 特技は愛されること、事もなげにそう言い放つ日が少女にも来るのだろうか。見てみたいような見たくないような。





フランス映画の「ダニエラという女」は2005年公開なので時系列はちょっとオカシイんですがまあそのへんはご愛敬ということで。
ちなみにオナペットとか口走った下品な若者はミスタとナランチャ。



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