「私の可愛い子、覚えていて。『傍らに愛がある』と」

 そう言い残して天国に旅立ってしまった、輝かしいブロンドが自慢の母親。ベアトリーチェの11回目の誕生日がもうすぐ訪れる、しんしんと冷え込む12月のことだった。
 その美しい死体にしがみついてわあわあと泣いていた子供を、引っ剥がして殴ろうとした男の拳が不意にピタリと止まる。

「これ」こそが全ての元となる種だった。

 春の柔らかな新芽のようなリーフグリーンからこぼれていく涙。その瞳を囲う暖かな金色の稲穂に似た睫毛、穢れを知らぬような無垢な唇と頬を震わせて咲く花のつぼみの瑞々しく可愛らしいことは、男の脳みそを芯から腐らせていった。
 慈しみしか感じさせない猫なで声に、嘘はない。

「ああ、母親が亡くなってさぞ心細いだろうな。心配しなくていいぞ、俺が全ての障害からお前を守ってやる」
「な……なんで?パパの借金もあるし、会ったばかりなのに……どうしてそんなこと言うの?」
「それはな、ベイビーケーキ。お前があんまりにも可愛らしいからさ」

 その言葉通り。
 彼はなにも言わずに、母親の遺体を綺麗な石の墓に入れた。借金は白紙になった。子供に情なんて湧くような人じゃあ無かったのと、ベアトリーチェが銃を突きつけられた日も、彼は可愛がっていたという部下を何の躊躇もなく殺してしまった。
 いつもと同じように、脂ぎった血を目一杯被りながら、頭を撫でる手だけは異様に清らかで。

「可愛い子、可哀想な子だ。俺が居なくなったらどうやって生きていくんだろうか。それこそお前を慈しませ、愛でさせ、どうにも離しがたい理由でもある。ままならないな」
「居なくなるの?置いていかないで、ひとりにしないで……」
「まさか!誰がこんないたいけなお前を捨て置けるものか、俺の『永遠の―――』」

「……うそつき」

 冷たい石の前で流す涙に、以前ほどの価値はない。

 それから。
 男が危惧していたような事態には、ベアトリーチェは全くと言っていいほど陥らなかった。途方に暮れて暗い路地裏で泣いているだけで、親切な誰かが決まって手を差し伸べる。曰く「ままならない」はずの人生は、不気味なほど彼女に優しかった。

 故郷のトリノから南下し、南イタリアまでの足跡には、ベアトリーチェという大して珍しくない名前の戸籍や所属がいくつも点在し、そしてやがていつのまにか墓になっている。


▲▼


 灰色の髪に赤い飛沫。
 深く皺が寄った眉間に、冷たい汗が流れていく。床を睨みつける目は、変わった瞳孔をしているなとベアトリーチェはぼんやり思った。
 ぱた、と毛の長い絨毯に涙が落ちる。暗殺者は強く拳を握った。

「……お前は被害者だが、恐らく同時に多くの人間の加害者だ」
「だから、わたしは殺されちゃうのね」
「いいや、殺しはしない。……殺せない。俺も、紛れもなくお前の被害者だから、だ」


My Chemical Romance


 12歳の誕生日が過ぎ、彼女はまた新たな居場所にいた。しかし今度は―――決して抜けられない穴倉の中へ。










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