春先のアジトには、好き勝手に生えた雑草に花が咲いている。ここを根城にする男たちには少しも似合わないポピーの淡いオレンジを見下ろしながら歩いていると、ギアッチョはふと見知らぬ男とすれ違った。
 何の変哲もない集合住宅。足を踏み入れればそこには、玄関先で大きな箱を抱えたベアトリーチェが手元のカードを覗き込んでいる。

「おい邪魔だどけ」
「あ、ご、ごめんなさい。ギアッチョ、おかえり」
「誰から誰にだ、ソレ」
「ん、と……宛先はわたし。送り主は、書いてないからわかんない」

 心なしか嬉しそうにする彼女の細い腕で抱えられる程度ということは、見た目よりも重くはないらしい。先ほどすれ違った男は配達員だろうか。ペールグリーンの包装紙に包まれたそれを見てギアッチョは目を眇め、唇を剥いてベアトリーチェから箱をひったくった。
 少女が首を傾げる暇もなく、やっと暖かくなりはじめた周囲の空気が凍りつくように冷えはじめた。否、実際に凍っている。ベアトリーチェが小さく声を上げたころには、その箱は脆い固体となり、ギアッチョの腕の一振りで粉々になった。

「……………あ、」
「ンだよ、ただの服か」

 鼻で笑った声も遠く、包装紙と中にあったもうぼろきれになった贈り物の無残な姿を見て、ベアトリーチェが瞼の奥を震わせた。ギアッチョの表情がしまったという顔になる。戻った周囲の温度に溶かされるように瞳から涙が落ちる寸前、誰かの腕が彼女のキャスケットを大きくずり下げたら、くぐもった泣き声が上がった。

「ふ、ぅえ、ええん………!!」
「あ〜あ〜あ〜、しょおがねえ奴だなあ、帰って早々何ガキンチョ泣かせてんだよ、ギアッチョ」
「う、るっせえなァッ!!」

 見事スタンドの暴発を防いだのは、派手なオレンジ色の坊主頭。ひょっこりと顔を出したその男の顔はまるで何もかもお見通しと言わんばかりで、ギアッチョのばつはさらに悪くなった。
 ホルマジオにはギアッチョの行動が分からなくもない。このアジトに届いたということはパッショーネの検品が一応入っているはずだが、そんなものはザルだ。麻薬かどうかの検査くらいしかしないのだろう。どこかのスタンド使いが箱に何かを忍ばせていて開ければ発動、ということが―――あり得なくもない。
 それにしても乱暴だ。恐らくギアッチョなりに無知な新人を気遣ってのことなのだろうが、大泣きしている少女にはこれっぽっちもそれが伝わっていない。片手間で買ってもらった安物のキャスケットを宝物にするような子供にとって、自分に宛てられた贈り物がいかに特別だったか想像に難くないというのに。

「よーしよし、泣くな泣くな。ベアトリーチェ、お前が泣いてちゃ俺たちは慰めもできねェんだぜ?ホラ、顔拭け、なァ?」
「ふ、ぅう、……はぃ、い……」
「いい子だな。オラッ、そこのドラ猫こっち来い!取引しようや」

 必死に泣き声を殺す少女から目を逸らすギアッチョの肩にホルマジオが腕を回せば、ぎゃんぎゃんと声を荒げて抵抗する。暴れる猫をいなすホルマジオはそれほど優しくもない。聞き分けのいい奴には優しく、悪い奴には粗雑に。当然の差だろう。

「お前に今更もうチョイ優しくしてやれなんつっても仕方ねェ、俺が服一枚で手を打とうじゃあねえの」
「ハ?服だァ?」
「お姫様に服を買ってやんだよ、お前の金で。ついでに俺のシャツも一枚………ってな?安いだろ?」

 ギアッチョは口を唖然とあけた。つまりホルマジオはこの惨状をなんとかする代わりに金を出せと言うわけだ。なんの筋合いがあってそんなことをと怒鳴り散らそうとしたが、今口の上手いホルマジオがあっそうと去ってしまったらこの少女を泣き止ませる自信は彼にはない。
 後ろ暗いことは何もないとばかりに朗らかに笑って見せるセコい男に、ギアッチョは反論する術を持たなかった。ポケットに手を突っ込んで財布を勢いのまま投げつける。

「Cazzo!!!(カッツォ!)」

 畜生!と言い捨てて大股で去って行くギアッチョの後ろ姿を、しっかりと受け取った財布に上機嫌でホルマジオが見送る。汚い罵り言葉に肩を揺らしたベアトリーチェには、真似すんなよ、と笑って頭を撫でた。


▲▼


 春の陽気とはあまりマッチしない、黒いショーウィンドウの前で足を遊ばせる。リアルト橋とサンマルコ広場を結ぶメルチェリーア通りに迷いなく足を運んだホルマジオは、すぐ戻ると言い残してドアをくぐっていった。
 ここのところ降り注ぐ陽光の暖かさときたら、まだ冬の装いから抜け切れていないベアトリーチェには暑いくらいだった。眩しい日差しは色素の薄い瞳を刺して、子供をキャスケット帽子の中に隠れさせる。じんわりと額に汗をかきかけたところで、先ほどのように再び頭に誰かの手が乗せられた。

「よっ、待たせたな」
「ほんとにすぐだ!先生はねぇ、すぐ戻るからっていっても、ぜんぜんすぐ帰ってこないんだよ」
「メローネのやつの「すぐ」なんて信用してんのはオメーくらいだぜ」

 お目当ての服は初めから決めていたのか、どう見てもシャツ一枚分ではない大きな紙袋を下げてホルマジオが笑う。空まで軽くするような明るい笑い声と、アーモンド型のつり上がった目が細まって柔らかくなる瞬間がベアトリーチェはとても好きだった。
 デートしようぜ、と持ち掛けられて少女は喜んで隣に並ぶ。任務以外でベアトリーチェの外出に付き合ってくれる回数は彼が一番多い。だからかは分からないが、ホルマジオは自身の大きな一歩を踏み出すのを、ベアトリーチェが二歩進むまで待ってくれる。紙袋を引っ掛けたままポケットに手を突っ込んで、鼻歌でも歌い出しそうだった。

「メローネはよく喋るわりに分かりにくいし、ギアッチョはいらねーことにギャンギャン喋るクセに肝心なことは言わねえ。イルーゾォは喋らなさすぎる。リゾットは、アー、ありゃもう問題外ってヤツだ」
「?」
「あいつらがモテねー理由教えてやろうか?女の子の扱いがなっちゃいねえワケだ、俺みたいに口が回らねえからな」
「そう、……なの?」
「そ。だから許してやれよ。男のダメな所に目を瞑ってやるのがイイ女の条件だぜ」

 ぱち、と睫毛が瞬きする。微かに残った涙のあとをなんとなく指の腹で擦って、ベアトリーチェは何よりもメンバーをよく見ているホルマジオに感心していた。だからこそかもしれない。彼にそう言われたら、素直に首を縦に振る気になるのだ。こくんと頷いた眩しいベビーブロンドを見てまたホルマジオは笑った。
 春風が二人を強くなぶる。落ちかけた帽子を無骨な手が器用にキャッチして、少女の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜてからもう一度被せた。

「オメーはイイ子だ!だがあえて言うならもうちょっと男を振り回さねーとなあ。目玉飛び出るくらい高い服買ってやろうぜ。フェンディのワンピースだとかよ」
「ええ、わ、わたし服よくわかんない……ホルマジオがえらんで」
「おいおいお前なあ、なんでも任せっきりじゃあいつか悪い男に騙されるぜ」
「悪い男?」
「俺みたいな男だよ」

 言葉巧みに美味しい所を掻っ攫っていくような、という意味できっと言ったのだろうけれど。ベアトリーチェは少し意地悪そうな顔をして見せるホルマジオをじっと見上げて、空いた右手を小さな両手で引っ張って花のように笑った。

「だったらいいよっ」

 目を丸くするホルマジオの手をぱっと離して、恥ずかしくなったのか数メートル先まですばしこく走っていく赤いトレッキングシューズ。小さく振り返る少女の姿に、してやられた、と赤面した顔を隠すように坊主頭を掻いた。
 大股で追いかけはじめた足元には、石畳の隙間から柔らかな芽を出している。露が垂れているよりも美しく咲いているほうがいい。誰も彼も思うのは、結局のところ、そういうことだ。


I'll kiss it better
(いたいのいたいのとんでけ)




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