午後14時26分。
 ピエモンテ州の首都、トリノ。
 基盤の目のように90度に交差する、至って分かりやすい街並み。貴族が「雨に濡れずに街を歩きたい」と建設されたアーケードがそこかしこに旧市街を走っている。そのお蔭で連れ立った三人は、突然の豪雨にも打たれず目的のカッフェまで来ることができたのだ。
 
 ガラスのグラスマグカップに銀の取っ手。案外熱伝導は鈍いのか、淹れたてのホットチョコレートの熱さは手に伝わらない。
 三つの手がカップを傾けて一口喉に通していく。混ぜるためのシナモンスティックは誰も手を付けなかった。
 背の高い黒髪の男と、隣の白い服の男が眉を寄せる。その向かいに座る少女の薄い肩が、ガシャンという二重奏にびくっと揺れた。

「「不味い」」
「えええ………だ、だからって割っちゃ、だめじゃ、ってああっ」
「ベアトリーチェ、オレ達はこんなところでこんな女の髪みてェにサラサラなチョコラータ飲みにきたわけじゃあねェんだ!割っちまえーッ!」
「そうだッ!次に塗ったくるコンディショナーか熱々のホワイトシチューってくらいじゃないと認めんッ!」

 白昼堂々、酔っ払いよりも性質が悪い黒と白のコントラストの二人が、小さな少女に絡んでいるようにしか見えないその光景。ゆったりと午後を楽しんでいた客の視線を集めるにはもってこいだ。
 見かねて声を発そうとしたウエイターをソルベの獣のように血走った眼差しが凍りつかせた。慌てて視線を下げたら、ジェラートが三白眼をきょとりと開いて、黒い何かを握っている。
 拳銃。
 ベレッタM1934の鈍い輝きにのけ反った体を見て、つられるように彼も立ち上がる。

「ゲッ………!」
「ああ〜〜ん吐きそう?お手伝い欲しい?手伝ってやろうか?」

 真っ青になって呻いた男の口の中に、鉄の塊を押し込むまで1秒足らず。比較的小柄で大人しそうな白っぽい金髪の男が平静に言葉を並べ、テラス席が喧噪の輪を広げていく。
 トリノの周りのことに騒ぎ立てない風潮のせいか、大きな悲鳴が上がることはまだない。

 割れたカップの横でベアトリーチェはソルベを見上げると、文句を言ったはずのホットチョコレートを彼女の分まで飲んでいる。ベアトリーチェはちょっぴりショックを受けた。大好物だったのに。
 悪びれない瞳は、彼女が知る限りいつも充血しているので、確かに皆の言うとおり薬中に見えないこともない。

「ホラッビーチェちゃん、お前のお仕事だぞォ」
「………はぁい」

 さも"最初からこれが狙いだった"とばかりに。
 黒い肘が後頭部をこつんと押したら、新人の少女は素直に騒ぎの中を小さな体で掻き分けていく。煙草のフィルターを噛んだ音のあと、ジェラートがよく出来た水鉄砲の引き金を引いた。
 あまりの臨場感にお漏らししたような恰好になったウエイターを、腹を抱えて笑う相棒に、つられてソルベも笑ってしまった。


▲▼


 午後17時03分。
 ところ変わって、アジトから程近いバール。薄暗い照明とうららかで豊満な花の園。知り合いに出くわすのが嫌だからといって他のメンバーはめったに現れない。子供のベアトリーチェは、どう見たって浮いていた。

「きれいな人がいる」
「おっビーチェちゃんお目が高いじゃん。あの子は二番人気のブロンド。膝に乗っけたらいい値段すんぜ」
「一番のひとは?」
「人気者は引く手数多ってことだよぉ」

 奥の部屋に繋がる扉を指差したジェラートに、少女は一拍置いたあと小首を傾げたので、二人はまた吹き出して笑った。ベアトリーチェはびくっとまた肩を震わせる。この二人の独特の雰囲気に、まだまだ馴染んではいなかった。

「ま、また笑った……っ」
「あ〜〜あ〜〜〜拗ねるなよォ可愛い子ちゃん可愛い子ちゃん、こう見えてもオレってば小さい子には優しいからさァ、イイコイイコ!」
「おいソルベそれ犯罪者にしか見えねェーー!!」
「うるせェーーーッ!!」

 今日1日、ベアトリーチェは置いてけぼりをくらうことが多かった。というのも、ジェラートとソルベのお互いに対するパーソナルスペースの距離ったらあってないようなもので、二人で楽しそうにゲラゲラ笑ってちょっかいを掛け合うからだ。
 昼のお詫びにと出されたのだって安っぽいココアで、上にホイップすら乗っていない酷い出来だった。

「………もう、」
「お、怒った怒った」
「ビーチェちゃん機嫌なおしてェ〜」

 珍しく頬を膨らませて不満を露わにするひよこのような頭を、やや乱暴に二つの腕が撫でる。痛いくらいだったのに、途端にホットチョコレートのように溶ける笑顔に、二人は顔を見合わせた。本当に仲がいいな、とベアトリーチェがやや羨ましそうに見ているのには気付いていないようだった。

「まあ、誘拐されちゃいそうだぜ」
「しょうがねェーからサンドしてやるかァ」

 石畳に染み込んだ雨の匂いも、そろそろ和らいだことだろう。頼んだフルーツの盛り合わせもワインもカンパリもココアも置きっぱなしで、ツケに苦い顔一つしない店主に手を上げて立ち上がる。
 間に挟まれて目を白黒させる少女は、やっぱり疑いもなくついて行ってしまうのだった。


ダブルダッチ
(お嬢さん、お入りなさい)






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