ゴシック様式の大聖堂に入る者は、正面の壁を飾る壮大なステンドグラスにしばし足を止める。銀色の光は太陽の燦々と煌めく彩と違い、透ける青と赤が切なげな顔を見せていた。
歴史を積み上げた聖堂は、完成までにネオ・ゴシックの流れをくみながらよく調和した統一感がもたらされている。冒しがたく清らかな空気に触れ、自然と背筋が伸びるようだ。

オルガンの素晴らしい演奏に導かれ、重い扉がゆっくりと開く。列席者が感嘆の息をもらした。

職業柄人に見られることは慣れていても、こんな格式高い空気は肌に馴染まないのか、貞夫はやや強張った面持ちでぴんと背中に定規を入れたような姿勢になった。昭子は目を伏せながら組んだ腕をちょんと引き、その緊張を解そうとする。父は娘の気遣いにほんの少しだけ表情を緩めた。

ひらり、ひらりとドレスの裾が揺れるたび、貞夫の深い緑色の瞳も細められる。この僅かに30メートルにも満たないバージンロードの先で、自分に心臓側を預ける愛しい体温を手放さなければならないなんて。

ゆっくりと振り返り、手を差し伸べる新郎に思わず進む足が止まる。しかしそれもたった一瞬で、誰にも気取られない程度。貞夫は腕に絡む華奢な手をそっと名残惜しげに撫で、やがて赤い瞳を真っ直ぐと射抜いた。男は彼が思っていたよりもずっと穏やかな色を湛え、驚いたことに目礼をしたような気さえする。

一度長い息を吐き、ぐっと吸って。父は世界で何よりも大切な手を、その大きな手に託した。
祭壇の前へ進む2人の視線は交わらない。


老年の神父は目元の深い皺に知性を感じさせ、空色の瞳はこの上なく澄んでいる。手元の年季を感じさせる聖書を静かにめくれば、聖堂にしわがれた重みのある声が響いた。新約聖書、コリント人への手紙第一。愛の賛歌だ。

「愛は寛容であり、愛は親切です。また人を妬みません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてを我慢し、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありません」

かつてパウロというキリスト教徒が愛について述べた。本物の愛とは「変わることのない永遠の愛」であり「神の愛」だ。そのあまりにも有名な聖句をこの式で説くとは皮肉であろうか、神を信じるような男ではないというのに。
誰もが息を飲み、かすかな布擦れの音でさえ許されない。

「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか」

神父の厳かな声がDIOへ向けられる。金糸の奥で深紅が揺らめき、そして閉じられた。神に特別愛されたような至高の造形を持つ、己以外何も信じないはずの男が唇を開く。

「新郎となる私は、新婦となる彼女を妻とし、良しきときも悪しきときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつとも、愛し慈しみ貞節を守ることを誓う」

誰にとも何処にとも、DIOは明言しなかった。神父は目尻を下げて鷹揚に頷き、再び誓いを唱える。
昭子は振り返らないまま、列席する顔ぶれをひとりひとり思い出していく。誰も、何も欠けていないはずだ。今ここにいることは夢でも幻でもない、紛れもなく彼女が行き着いた未来なのだ。
ブーケを抱える手にぎゅうと力が入る。小さい滝のように流れるレースが波打った。

「新婦となる私は、」

体を包むシルクとは裏腹に、声は滑らかに出ない。

「新郎となる彼を夫とし、良しきときも悪しきときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつとも、愛し慈しみ貞節を守ることを―――誓います」

急くようにヴェールをすくいあげる、布に溶けてしまいそうな白い手。悪魔や悪霊から花嫁を守るはずのそれを、開けるのは吸血鬼だ。
結婚式の前に花嫁と花婿が会うことは許されていない。DIOは真っ白の繭をやっとの思いでかきわけ、初めてウエディングドレスを纏った昭子を直視した。

想いは泉のように溢れるが、結局何にも昇華することができない。

喜びも全て飲み込んで、
声にならない言葉を呟いて、
愛しい頬を包み、
瞳を閉じて、

そして誓いは、口づけに込めた。


「ここに、ディオ・ブランドーと空条昭子が神と証人の前において夫婦になったことを宣言します」
「……それは結構だ」

荘厳な雰囲気に似つかわしくない、不敵な声が響く。

神父が目を丸くしたとき、聖堂のキャンドルがふっとその光を絶やした。光源は月の光だけになり、嫌な予感を感じた者が数人勢いよく立ち上がる。
暗闇に目を凝らせば、祭壇に2人の姿は既に無い。

「ま、」
「まさかッ」

―――ガシャーーーンッ!!

シャンデリアが揺れるような細かな光が降り注いでいく。数百年の歴史、または全能なる神の御前においての前代未聞の行為に呆然と立ち尽くす聖職者たち。色鮮やかなステンドグラスが見る影もなく粉々に砕かれ、中心で花嫁をかかえるのは吸血鬼だ。
闇夜を背に、牙を見せて笑っていた。

「では花嫁は、このDIOが頂いて行こう!」

まさか、あのまま終わるとは思っていなかったけれど。
昭子は抱きあげられたまま目を見開いた承太郎と視線がかち合い、唇の動きだけで「ありがとう」と言った。
その笑顔がこれ以上ないというほど"幸福"を感じさせたものだから、承太郎は全てのタイミングを逃してしまったのだ。


Marriage!!
(映画だわぁッ!)
(やりおるのォ!)
(言っとる場合かッ!!あンのクソ野郎〜〜ッ!!)
(やれやれ、だ)





そして始まる鬼ごっこ。
結婚式のお話でした。ちなみに正式というか一般的な誓いの言葉は「死がふたりを分かつまで」なのですが、二人は「死がふたりを分かつとも」と言っています。永遠の愛を誓って!
お付き合いありがとうございました。




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