「これが問題のカードだ」


薔薇がエンボスで入れられた真っ白のカードを、全員によく見えるようにジョセフの左腕が持ち上げる。主人の憂鬱を示すように革手袋の中で金属の義手が軋んだ。
花京院はそれを受け取ると、誰よりも険しい顔をした承太郎に尋ねる。

「投函されたのは?」
「どうやら日本らしい。足跡なんぞ残してないだろうがな」
「Holy shit!こんなものワシは認めんぞッ!!」
「当然だろォがッ!!」

この陽気で清々しい顔をしたカードがポストに入っているのを見つけたのは空条家で一番早起きのホリィで、彼女が血相を変えて承太郎に知らせてから、3人が集まるのは早かった。ポルナレフとジョセフが日本にいたのは本当に図らずただの偶然であったのだが。

表紙には流麗な字と伸びやかなインクでDio Brandoと記されている。かつての彼らの宿敵からの招待状がこうも"後ろ暗いものなど何もない"といってうそぶくとは。
忌々しさに握りつぶしてしまいたい承太郎の沸き立つ怒りを止めるのはその下に連なっている少し癖のある走り書きのような字だ。彼は昔から不精巧な形だと口では言っていたが、本当は母と同様に味がある字だと思っていた。
承太郎やホリィとっては見慣れた「空条昭子」のサイン。

1年前、生死を掛けた決戦の後―――邪悪の権化ともいえる"奴"と共に消えた昭子。
事情が事情だけに公的機関である警察の手を借りての捜索はできなかったが、SPW財団の総力を上げての捜査に留まらずもちろん自分たちの足でも手当たり次第探し回った!

しかし、文字通りその場から「消える」ことのできる昭子の能力を彼らは身をもって知っている。その気になれば身を隠すことなど容易だろうという予感を裏切らず、場所の特定どころか一欠けらの手がかりすらも掴めなかった。
財団も見込みのない行方不明者を何年も探せるような慈善事業ではなく、かといって足にはどうしても限界がある。まさしく手詰まりであった。

そんな中、見計らったかのように舞い込んだのがこのカードだ。



Mr Brando and Miss Kujo

request the honour of your presence at their marriage




我が目を疑い、信じられないというよりは受け入れ難く、この上なく―――許し難いことに。これは昭子とDIOの「結婚式の招待状」であるのだ!

「僕は、」

黙り込んでいた花京院が神妙に口を開いた。言いにくそうではあるが、迷いは感じられない。

「昭子が望んでこうするというなら……祝福してあげたいと思う」
「花京院!?」
「何言ってんだオメーよォ!相手がよりによってあのDIOの野郎なんだぜ!?
この結婚式だって、奴が脅したに決まってんだろ!怪物の花嫁にされるなんてのは、B級映画じゃ王道もいいところだ!」
「そりゃ僕だってDIOは許せないが!」

苦いものを噛んだように舌を出し、嫌悪感を剥き出しでポルナレフが猛然と反論する。懐かしい構図だった。一行の頭に血が上っている時冷静に大局を見ていたのはいつだって花京院だ。それ故に意見が対立することもあったが――彼は自分が正しいと感じたことには断固として退かなかった。

「昭子は明らかに自分の意思でDIOを助けた。いや……僕達がこうして五体満足で生きているのも、彼女がそう行動したからなのかもしれない」

突拍子もない話に思えるかもしれないが、そう考えれば彼女の行動全てに辻褄が合うような気がするのだ。第一昭子が完全にDIOに寝返っていたとしたら、今頃エジプトの熱い流砂に全員が骨を埋めていたことだろう。
奴の底知れぬ恐ろしさは身を持って知っているだけに、命をかける覚悟はあった。だがしかし、たびたび空想をした。非の打ちどころのない綺麗事であり、だからこそ誰もが望む未来。一行が誰も欠けること無く……そして尚且つDIOも殺さない道。

彼女は花京院にとって夢物語であった、針の穴のような可能性を自ら勝ち取ったのだ。

「そうでないならあの時僕達を殺さず、今になって招待状を送ってくるなんて行動に一体何の意味がある?」
「…………」
「他でもなく僕達に、祝ってほしいからじゃあないのかい!?」

承太郎は珍しく何も言葉が見つからなかった。
勘のいい彼が、それも自分の妹のことに気付かないわけもない。考えれば考えるほど昭子のやりそうなことだ。一年間溜まりにたまった心配や怒りや祈りなど全て一蹴して「驚いた?じゃ、そういうことだから祝ってね」なんてけろりとのたまう昭子が想像できてしょうがないから、承太郎は余計に決断できない。

鉛のような沈黙が降りた部屋で、あることに気付いたポルナレフが大声を上げる。

「……あ〜〜ッ!!でもどうすんだよッ!もう時間がねえぞ!!」
「何ィ!?」

ジョセフが慌ててカードの日時を確認する。本来在るべき場所が記載されていなかったが―――カードの左側にはあと10分もすれば訪れる時間と、一言だけ書かれていた。





Please touch
when becoming time




「時間になったら……」
「このマークに触れろ、か」

この星のマークは十中八九昭子の能力である。きっと触れれば結婚式が行われる場所へと瞬間移動させられるのだろう。これが罠という可能性が無いわけではない……様々な思考が承太郎達の頭を巡り、その手を躊躇わせる。
業を煮やした花京院が先行してマークに触ろうとした時、それよりも早く意外な人物が叱咤の声を上げた。

「もう、何を迷ってるの!」
「……ホリィ!?」

話を隠れて聞いていたらしいホリィが、我慢できず居間の障子を開け放って飛び出してきたのだ。いつも柔らかな微笑みを浮かべている顔をぎゅっと引き締めて、体を使い必死に叫ぶ。

「大切なのは――これを逃したら、二度と昭子に会えないかもしれないってことじゃあない!私、もう一度あの子に会うためだったら何でもするわッ!!」
「!!」

愕然としたように目を見張った承太郎の手を取って、今度は安心させるようににっこり微笑んだ。
思い切りの良さと言えばいいのだろうか、土壇場の強さというのは、確かにホリィから昭子へ受け継がれているようだった。母はしっかりと息子の手を握りしめ、努めて明るく全員を振り返った。

「さあ、行くわよ!」

かけ声と共に震えた手が星に触れた時、ちょうど時計の針が12を指す。

そして5人の姿が―――消えた。



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