「空条徐倫、こちらに来なさい」

 硬く響いた声。
 俯いたままだった徐倫の目が見開かれ、声を上げる前に男が人差し指を唇に当てる。黒髪を撫でつけて白衣を纏ったその医師は、彼女の父に似たエメラルドの瞳をしていた。手錠をかけられたまま医療棟へと入り、ガシャンと鉄格子が下ろされる。医者は見張りの男と一、二言交わしたかと思えば、すぐに足音が遠のいていった。
 背中が振り返る前に、ドン、と女が白衣にタックルする。それは押し倒すに目的にしては弱々しいもので、男はため息をついて向き直り、その身体を両腕で包み込んだ。

「……う、うっ、うう〜……!」
「よしよし、どこも怪我してないか?全くお前ら親子揃って、どーしてこうも牢屋に縁があるんだろうね……」
「昭、……っ!」

 彼女の父親がハイスクール時代牢屋に自ら留まっていたことを思い出しながら、男は大きな瞳から零れていく涙を指先で柔く拭った。首から下げられた名札には「空条昭」とクレジットされている。つまり―――彼女の父親は彼の兄であり、昭は徐倫の叔父にあたる。まさかこんな場所で再会するとは思っていなかったのだろう。心細さに震えていた徐倫の不安は、見知った顔の前に爆発していた。
 しかし長居はできない。見張りに払ったドル札と時計を見比べ、昭は徐倫の濡れた頬に優しくキスをする。見上げてくる瞳を見下ろし、昭は声をひそめて言った。

「いいか、たぶん……俺はお前にあまり会わせて貰えなくなるだろう。ここで勤務してる以上身元も割れてるからな。徐倫、いいかよく聞け」
「う、あ、はい……」
「お前は無罪なんだろ?胸張って釈放を待て。それまでに色々あるだろうが、ちょっとばかし……おじさんからサービスしといてやる」
「サービス?」

 数年前顔を合わせてからあまり歳をとったように見えないその顔が、悪戯っぽく笑みに変わる。徐倫は父と違って柔らかい叔父の美しい顔が好きだった。徐倫のポケットに何かがねじこまれ、それから時間切れとばかりにぱっと体を離す。
 見張りの男が戻ってきた。昭は一度瞬きをしたあとまるで別人のように表情を消し、ふてぶてしく椅子に座る。

「終わりましたか、先生」
「ああ。アレルギー用のバンドだけ用意しといてくれ。あとは問題なさそうだから」
「分かりました。来い!このメスガキ!」

 結局あまり話ができないまま引き離される。鉄格子がまた下ろされる一瞬徐倫が昭を振り返ると、気遣わしげな視線と一緒に口パクで「頑張れ」と告げられる。ポケットの膨らみは外からはほとんど分からない程度で、看守も気付かない様子だった。
 そっとそこを覗くと、ぎょっとする数の折りたたまれたドル紙幣がそこに入っている。何故金を、とまだ水族館のルールを理解していない徐倫が首を傾げる傍ら、彼女の刑務所生活が幕を上げることとなったのだった。


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空条昭(38)
承太郎の弟で徐倫の叔父。水族館で臨時の刑務所医として勤務している。外科医。囚人たちと積極的に関わることはないが、怪我人からは金を取らずに平等に治療する。童顔なので40手前にはとても見えないのが悩み。




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