こういうのが、たちが悪いと言うんだろうか。
敵の本陣に拐われたはずであるのに、暴行も脅迫も拷問も、或いは血を吸われることも無く。日の出ている内は暗い部屋の中、緩い拘束だけで棺を見つめ、太陽が姿を消せば赤い瞳を光らせた吸血鬼が私を見ているのだ。

―――逃げようと思えば、もちろん方法はある。



「どうして、殺さないの」
「では何故お前は私を殺そうとしない」
「どうしてちゃんと捕まえないの」
「何故逃げようとしない」


どうして、何故。この会話も何度目であろうか。私が行動を起こさない、起こせない理由はここにある。目の前の男の内側。戦いの中で培った「DIO」のイメージとまるで一致しない、酷く穏やかで脆弱なもの。忌々しいことに、それを垣間見てからこの男に情のような感情が、芽生えてしまった。

生白い、光を浴びることを忘れた手が私の頬に伸びて、また離れる。悪役に相応しい笑みが蝋燭の火に照らされているのを睨むことも私はしない。
やっと触れた綺麗な爪が唇を滑る。子猫がミルクを舐めるような感触が、この行為の現実味をより一層遠いものにしていた。


「では、違う問いにしようではないか」
「どうぞ」
「お前は何を望む?」


ああ、だからこのひととは目を合わせたくない。どうしたことだ、この邪悪の権化は……これが私の仇であることを認めたくないほど稚拙な寂寥を、その笑みに隠しきれていないということ、それこそが私に祈らせる。悪を祈らせるのだ。有り得ない粛正を、改竄を、消去を……誰に向けての祈りかどうかなんて、きっとイエス・キリストだって知り得ない。


「私と私の大事な人が生きていること」
「……即ち、このDIOの死か?」
「知らない」


方法が一つだなんて一体誰が決めたのだろうか。平和な世界があるなら誰だってそちらがいいに決まっている。混沌の元凶たるその子供が、安寧を求めて泣き叫ぶのをどうか止めてほしい。今すぐ駆け寄って抱き締めたいなんて馬鹿な考えが浮かばぬように。

これは裏切りだろうか?



「あなたの目を潰せたら、私はここから逃げ出すのにね」
「それは、」
「ああもう、知らないってば」



その乞うように震えるそれを塞いでしまおう。主よ、どうか殺害の王子に道を譲りたまえ。


賛美歌で目隠し
(ハッピーエンドに見えれば、それで)







トリックスター、プロトタイプ




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