お礼にブランドー夫妻の若かりし頃の文通の様子をこっそり覗いてみました。
フランスに出張で行った時に、奥さんが急に思い立ったそうです。イタリアにいるあの人へ手紙でも送ろうか、と。




France⇒Italy

 濃い茶色の封筒に、Courrier(郵便)の判が押してある。フランスからのエアメールらしいが、名前が書いていない。 少し警戒しながらトリコロールの麻ひもを解いて中の手紙を開く。モスグリーンに透ける便箋に少し癖のあるシャープな字。



『Dear.

 メールだと味気ないから、手紙を送ってみた。暇だったら返事ちょうだい。 朝目が覚めて隣に金色が無いといまいち起きられない。おはようを言ってくれる人って、思ったより重要ね。
 こっちはもう少しかかりそう。遅くなるけど、元気で。』




 驚きすぎて妙な声が出た。
 思わず力が入り皺になってしまった右端を丁寧に伸ばしながら、いい便箋があったかと頭で家中をひっくり返す。ああそうだ、確か引き出しに……新しい万年筆を下ろそうか。とびきり上等なやつがいい。
 こんなに浮ついた気分は久しぶりだ。



Italy⇒France

 朝食の残り、バターがたっぷり練り込んだクロワッサンをくわえて、ボルドーのシーリングワックスを剥がす。
 流麗な文面は期待した通りの相手。名前が無い文通というのもなかなかどうして洒落ている。




『Darling.
 手紙をわざわざありがとう。私も久しぶりに筆を取った。インクの香りも随分懐かしい。
 君の髪色が心を一番落ち着かせる。夜空はあまりに色濃く、星の光は眩しすぎる。絹糸のように散らばる君の髪を梳いた夜が恋しい。幸せな時間だったと、離れて一層感じる。
 また時間があれば返事をくれると嬉しい。手足をあまり冷やさないように。
 いつも君を想っている。』




 ……思ったよりロマンチックな手紙を書くなぁ。
 同封されていた手鏡は夜空を思わせる濃紺に縁取られていて、覗き込んだ私の髪は寝不足からか少し傷んでいた。
 ……明日美容院に行こう。




France⇒Italy

 最近は郵便をチェックするのが日課になっている。新聞と広告に紛れたそれを抜き取って、いそいそと封を切った



『Honey.
 お返事ありがとう。こっちはすこし冷え込んできた。あの子が風邪を引いていないといいけど。
 オレンジ色の夕陽を見るとあなたを思い出して、何となく感傷的になって困る。帰りたくなるから。それにしても、手紙だと普段よりずっと物腰が柔らかいね。少し驚いたよ。
 手鏡嬉しかった。じゃあ、またね。』




 こういう、手紙だと素直になるのを止めろと言いたい。相手もいないのに人肌恋しいこの手を一体どうしろと……。
 宛名がDearからHoneyに変わっているくらいで喜ぶ、と……思うなよ!帰ってきたら覚えていろ!




Italy⇒France

 今日はひさびさに朝寝坊できた。昨日読んだまま机に広がっている手紙にもう一度目を通す。



『Darling.
 手紙をありがとう。あの子は学校で元気にやっているようだ。君に会いたがっていたよ。
 最近はこうして手紙をしたため、返事が来るのが楽しみで仕方がない。私は英国に居たときの癖が抜けないだけさ。君の手紙はシンプルだがとても君らしくて良い。
 だが、会いたいな。
 今度の休みにでも一度帰っておいで。待っている。』




 多分下書きが別にあるんだろう。妙に完璧主義なところがあるから、この手紙も書き損じのかの字も無い出来である。寂しい、とか書いて消したりしてるんだろうか。
 かくいう私はペンで一発書きなので、雑念があると間違える。ちょうど今のように。少し迷って、書き直しはしないことに決めた。誤魔化しちゃえばいいか。




France⇒Italy


『Darling.
 手紙ありがとう。
 寂しそうね。きっとこの手紙のすぐあと誰か訪ねてくるから、期待してて』




 その時、夜中だというのにチャイムが鳴った。そのままやり過ごそうと構わずに手紙を閉じて、次の瞬間弾かれたようにドアまで降りていった。
 不意打ちのハートマークに撃ち抜かれて、きっと一足遅ければまた拐いに行っていただろう。



(裏に小さく) 『ドアで抱きしめて


 お帰りDarling(最愛の人)!




 おしまい






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